ドナルド・トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記との再会談を視野に、改めて対話への意欲を示している。
トランプ氏は第1次政権時代に金総書記と3回の首脳会談を行った経験があり、2026年に入ってからも米国側は北朝鮮との対話に前提条件を設けない姿勢を示している。
8月にはトランプ氏自身が年内に金総書記と会談することを望んでいると表明した。一方、北朝鮮側はアメリカへの警戒を崩しておらず、現時点で首脳会談が決まったわけではない。
むしろ北朝鮮は、アメリカが非核化を前提とする限り対話には応じないとの立場を示しており、米朝間の隔たりは依然として大きい。
北朝鮮に接近する理由
では、なぜトランプ政権はいま再び北朝鮮に接近しようとしているのか。その背景には、大きく二つの事情があると考えられる。
一つは米国内政治、とりわけ11月の中間選挙を控えたトランプ政権の政治環境であり、もう一つは、北朝鮮とロシア、中国との関係強化によって変化した東アジアの戦略環境である。
ただし、これらを単純な「選挙対策」や「中露牽制」として理解するだけでは不十分である。
トランプ氏にとって重要なのは、北朝鮮との対話を通じて、自らの外交的影響力を示しながら、核・ミサイル問題を含む朝鮮半島情勢への米国の関与を維持することにあるとみるべきである。
トランプ大統領の低支持率
第一の要因として無視できないのが、11月3日に予定される米中間選挙である。中間選挙は大統領選挙の中間年に実施され、下院全議席と上院の一部議席が争われる。
大統領自身が選ばれる選挙ではないものの、現職大統領の政権運営に対する有権者の評価が反映される重要な政治イベントであり、議会の多数派を維持できるかどうかは、その後の政権運営にも大きな影響を与える。
現在のトランプ政権にとって、その政治環境は決して安泰ではない。8月31日に公表されたReuters/Ipsosの世論調査では、トランプ氏の支持率は33%にとどまり、政権発足後の最低水準となった。
イラン戦争への対応や生活費・インフレ問題に対する不満が支持率を押し下げる要因となっており、11月の中間選挙を前に共和党が厳しい政治環境に置かれていることは否定できない。
しかも、トランプ氏は外交面で大きな成果を掲げて政権を運営してきた。
戦争を終わらせると言うが…
ウクライナ戦争の終結や中東における紛争の収束などについて、米国の外交力によって戦争を終わらせるという姿勢を繰り返し示してきた。しかし、2026年9月現在、ウクライナ情勢は依然として決着しておらず、イランとの戦争も長期化している。
ロイター通信は8月、イラン戦争が膠着状態に陥り、トランプ氏の外交・内政運営に大きな負担を与えていると報じている。
この状況を考えれば、北朝鮮との対話はトランプ氏にとって魅力的な外交上の選択肢となり得る。
もちろん、北朝鮮問題を短期間で解決できる保証はない。しかし、金総書記との首脳会談を実現できれば、それ自体が「トランプ外交」の成果として国内外に示すことができる。
第1次政権時代に史上初の米朝首脳会談を実現したという実績があるだけに、トランプ氏にとって北朝鮮は、自らの外交的個性と交渉能力を示しやすい相手でもある。
ただし、ここから北朝鮮接近を「中間選挙対策」と断定するのは適切ではない。
金総書記との直接交渉
トランプ氏には第1次政権以来、金総書記との直接交渉を重視する外交姿勢があり、今回の動きもその延長線上にあると考える必要がある。
中間選挙という政治環境は、トランプ氏に新たな外交成果を求めるインセンティブを強める要因の一つとみるのが妥当である。北朝鮮との対話は、その候補の一つなのである。
北朝鮮とロシアの接近
第二の要因は、北朝鮮を取り巻く国際環境そのものが、2018~19年の米朝首脳外交の時代から大きく変化していることである。特に重要なのが、北朝鮮とロシアとの軍事的・戦略的関係の強化である。
ロシアによるウクライナ侵攻以降、モスクワと平壌の関係は大きく深まった。
北朝鮮はロシアに弾薬などを供給したとされ、兵士の派遣を含む軍事協力も進展している。こうした関係強化は、北朝鮮の軍事能力や技術面での発展にも影響を及ぼす可能性があり、米国にとって無視できない変化である。
中国との接近も
同時に、中国と北朝鮮の関係にも変化が見られる。
2026年6月8日、中国の習近平国家主席は平壌を訪問し、金総書記と会談した。習氏の北朝鮮訪問は約7年ぶりであり、中国側は両国関係をさらに発展させる意向を示した。
これは、北朝鮮が中国との関係を再強化するとともに、ロシアとの関係も維持しながら外交的な選択肢を広げていることを示す重要な動きである。米国にとって看過できない変化だ。
北朝鮮が中国、ロシアとの関係を深めれば、米国が北朝鮮に対して外交的、経済的圧力をかける余地は相対的に狭くなる。
中露への接近で対北制裁の圧力が低下
また、北朝鮮が中露双方から経済的・軍事的な支援を得られる環境になれば、米国による制裁を通じた圧力の効果も低下する可能性がある。朝鮮半島をめぐる問題は、もはや単純な米朝、南北間の対立ではなく、米中露の戦略競争とも結び付く構造になっているのである。
ただし、北朝鮮が中国・ロシア陣営に完全に組み込まれたとみるのも適切ではない。
北朝鮮外交の特徴は、周辺大国との関係を利用しながら自国の外交的選択肢を最大化することにある。中国やロシアとの関係が強化されたからといって、北朝鮮が米国との対話を必要としなくなったわけではない。むしろ中露との関係が強まったからこそ、金総書記にとって米国との直接交渉には依然として戦略的価値がある。
その意味で、トランプ氏による北朝鮮への接近には、中国やロシアを牽制する側面も考えられる。
ただし、米国が北朝鮮を中露から「引き離す」ことを直ちに目指していると断定することもできない。より重要なのは、北朝鮮が中露との関係だけに依存する状況を避け、米国自身も北朝鮮との直接的な外交チャンネルを維持することである。
北の核・ミサイル能力は高度化
さらに難しいのは、現在の北朝鮮が2018年当時よりも核・ミサイル能力を高度化させていることである。
北朝鮮は核兵器を国家安全保障政策の中核に位置付けており、米国が掲げる非核化目標と北朝鮮の立場には依然として大きな隔たりがある。そのため、仮に首脳会談が実現したとしても、直ちに非核化合意へ進むとは考えにくい。
ここで重要なのが、米国のいう「前提条件なしの対話」と「北朝鮮の核保有を認めること」は同義ではないという点である。

前者は、非核化を達成してから交渉を始めるのではなく、まず対話を開始するという外交的アプローチを意味し得る。一方、米国が北朝鮮の核保有を正式に承認したことを意味するものではない。
実際、北朝鮮側は米国の非核化要求を受け入れておらず、米朝間には依然として根本的な立場の違いが残っている。
したがって、今後の米朝外交では、核問題だけでなく、ミサイル発射、軍事演習、緊張緩和、米軍兵士の遺骨問題など、双方が取り組みやすい個別案件を組み合わせながら関係を安定化させる可能性も考えられる。
トランプ氏にとって重要なのは、必ずしも短期間で北朝鮮の核問題を解決することだけではなく、対話によって危機を管理し、米国が朝鮮半島情勢への影響力を失わないことである。
米朝接近で日本どうなる
また、米朝接近には日本と韓国という同盟国との調整という問題も伴う。
仮にトランプ氏と金総書記の首脳会談が実現すれば、核・ミサイル問題だけでなく、韓国の安全保障、日本人拉致問題、在韓米軍・在日米軍、そして米国の拡大抑止をどのように扱うのかが問われることになる。
米朝間の取引を優先し過ぎれば、日韓との政策調整に摩擦が生じる可能性もあるため、トランプ政権にとっては外交上の重要な制約条件となる。
外交力の顕示と朝鮮半島でのアメリカの影響力
つまり、トランプ氏による北朝鮮接近は、単なる「過去の米朝首脳外交の再現」ではない。中間選挙を前に外交的成果を求める米国内政治、長期化するイラン・ウクライナ情勢、そして北朝鮮と中国・ロシアの関係強化という複数の要因が重なった結果と見るべきである。
トランプ氏が本当に狙っているのは、北朝鮮を短期間で完全に変えることだけではない。

むしろ北朝鮮との対話を再開することで、自らの外交力を示すと同時に、核・ミサイル問題を含む朝鮮半島情勢を管理し、北朝鮮問題に対する米国の影響力を維持することにあると考えられる。
さらに、中国やロシアとの関係が深まる北朝鮮に対して米国自身の外交チャンネルを確保することも重要である。その意味で、現在のトランプ氏による北朝鮮接近は、非核化をめぐる交渉であると同時に、変化する東アジアの勢力構造の中で米国の関与と主導権を維持しようとするトランプ政権の戦略的対応と捉える必要がある。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

