短絡的な優越感を得るために支払う代償は、あまりにも大きすぎるからです。自分を大きく見せれば見せるほど、周囲の人間は無意識に、敵意という名の防御壁を築きます。
貴方の成功を心から喜ぶ者はいなくなり、いざというときに差し伸べられるはずの協力の手は引っ込められ、信頼関係という、人生において最大の生存リソースが音を立てて崩れていきます。
感情の奴隷になるか、自在に統制するか
一時のドーパミン欲しさに、長期的な生存戦略を台無しにする。それは知性の敗北であり、脳科学的に見れば、前頭葉が報酬系に完全敗北した依存症患者の振る舞いに他なりません。
私たちは、感情の奴隷として猿山の序列争いに一生を費やすのか、それとも自らの脳内報酬系を自在に統御する調教師として優雅に振る舞うのか、常に選択を迫られています。
「言いたい、見せびらかしたい」という衝動を、あえて無表情で飲み込み、相手に花を持たせる。その瞬間の抑制こそが、相手を貴方の掌の上で転がすための最強の布石となります。
不毛なマウンティング社会という戦場において、一滴の血も流さず、相手を傷つけず、それでいて誰からも蹂躙されない聖域を保ち続けること。
この抑制の美学こそが、真の品格であり、知性ある人間が手にする唯一の、そして究極の武器なのです。
感情の奴隷になるのをやめ、自らの脳内報酬系を統御すること。それこそが、不毛なマウンティング社会を、一滴の血も流さずに泳ぎきるための品格なのです。
中野信子
脳科学者、医学博士、認知科学者。東日本国際大学特任教授、京都芸術大学客員教授、森美術館理事。著書に『エレガントな毒の吐き方』(日経BP)、『サイコパス』(文春新書)、『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)など多数。

