
悲惨な交通事故が後を絶たない。先月19日、都内池袋では高齢ドライバーの車が暴走し12人が死傷した。今月8日には滋賀県大津市で、50代の女性ドライバーの不注意運転で、2歳の園児2人を含む14人が死傷した。
こうした悲劇が起こるたびに、「事故ゼロ」に向けて期待されるのが自動運転車の普及だ。しかし自動運転技術開発の専門家は不足しており、技術開発の人材育成は急務だ。自動運転開発の専門家の育成現場を取材した。
自動車メーカーも『採用弱者』に

ITベンチャーの「アイデミー」は、AI=人工知能のオンライン学習サービスを提供している。さらに、自動車関連のエンジニアなど向けに、自動運転の専門家を育成する学びのプラットフォームを提供する(株式会社ユーザーローカルとの共同提供)。ここでは40時間程度のオンライン学習でプログラミングを学んだ後、自動運転のソフトウエアを作って10分の1縮尺のミニチュアカーに実装し、5日間の実践的なオフサイト研修を行う。

この学習プラットフォームは、2017年10月から開始され、3万5千人が会員登録している。自動運転の専門家育成は今年4月から始まったが、すでに大手の各自動車メーカーから問い合わせがあり、参加者は20代のエンジニアがほとんどだ。
問い合わせが増え続ける 理由を、アイデミーの石川聡彦社長はこう言う。
「人工知能や機械学習の分野の中でも自動運転は本丸の技術ですが、有名なメーカーでも優秀な人材の採用に苦戦する『採用弱者』となっています。また、人材を集めたとしても、社内に学びの場が少なく、結局社内で人材リソースを回せていないのが現状ですね」
「ぶつかると結構怖いですね」

オンライン学習では、「パイソン」という汎用のプログラミング言語からスタートし、最終的には「画像認識」技術まで学ぶ。オフサイト研修では、室内のミニチュアコース上で“自動運転車”を走らせるが、いざ実践すると車がコースからはみ出したり、障害物にぶつかるケースが起こる。
ソフトウエアの作成の過程では、何度もシミュレーションを行い、PDCAサイクルを回して、精度を上げることが可能だが、実際に車を動かすとなると、新たな壁が生まれるのだ。
「ここで参加者は初めて『結構怖い、これは大変だな』と実感する」と石川氏は言う。
「ソフトウエアに関するものは、どう精度を上げるかという話がほとんどですが、ハードウエアを動かすと、『レイテンシー(遅延時間)』、つまりヒトやモノの画像を読み取り、止まるべきだと判断するまでの時間をどう短縮するかという議論が出てきます。このレイテンシーをゼロにするにはプログラミングをどうしたらいいかといった、新たな試行錯誤、チャレンジが始まるんですね」
自動運転は「総合格闘技」

アイデミーでは、社会人エンジニアだけでなく、早稲田大学でも理工の大学院生向けにこうしたプログラムを提供している。コンピュータサイエンスの専攻でない学生であっても、応用研究を志す場合、いまや人工知能や機械学習の知識は必須なのだ。
石川氏もかつて東京大学の都市工学科で水処理を研究していたが、当時門外漢の研究室で機械学習を学ぶのはハードルが高かったという。
「いまはライブラリと言われているプログラミングのパッケージも増えていて、これまではスクラッチで実装しなければいけなかったものを簡単に作れます。たとえば若手のエンジニアは、2日間の研修を受けるだけで簡単な画像認識アプリを作ります。こうしたことは5年前では考えられなかったのですが、人工知能は注目されている分野なので今後益々スピードが速まっていくんだろうなと思います」
では、自動運転技術の開発スピードも、同様に加速していくのだろうか?
「自動運転はコンピュータサイエンスのバリバリの技術者が、ある種総合格闘技のような形で取り組むケースが多いです。ちょっと昔の原子力に近いのかもしれません。自動運転はいますごい人気で、どちらかというと機械工学専攻の人よりもコンピュータサイエンスを専攻している人のほうが、テーマとして選んでいる感じですね。自動運転に関しては、よりソフトウエアの深い技術のほうが重要になっていることの表れなのかもしれないです」(石川氏)
自動運転に対する「事故ゼロ実現」の期待の声に、石川氏は言う。
「完全自動運転になれば少なくとも統計的には事故数が減るというファクトを、我々はこれから積み上げていかないといけないと思っています。プログラミング教育を小中学生からという話もあるので、すそ野は広がっていくでしょうが、結果はまだ出ていないケースが非常に多く、まだ実証実験の域を超えていませんから」
確率的に事故は起きてしまうとしても、その事故率をどう下げていくか。これからも自動車メーカーやソフトウエア開発者の不断の努力が求められるのだ。
