戦後81年が過ぎ、戦争の悲惨さを次の世代へどう伝えていくかが大きな課題となっている。戦争を知らない福島・会津若松市の中学生がこの夏、被爆地・広島を訪れた。講話や現地での体験を通して、若い世代が向き合った「記憶の継承」の重さとは。
あの日何があったのか
2026年7月、会津若松市の中学校で「被爆体験伝承講話」が行われた。講師を務めたのは、被爆体験伝承者の青木圭子さん。
「正面からB29がやってきました。ドラム缶のようなものが落ちるのを見たという生徒がいます。みんな空を仰いでみていたんです」
「ピカっと光った瞬間爆心地からわずか600mの所にいた生徒たちは、熱線に焼かれ小さな身体は吹き飛ばされ地面に叩きつけられました」
青木さんは、爆心地近くで被害を受けた生徒たちの状況を語り、強烈な熱線と爆風が一瞬で多くの命を奪ったと説明した。広島市では原爆により約14万人が亡くなったと推計されている。
生徒たちは真剣に耳を傾けていた。
会津若松市立第一中学校3年の満田凰雅さんは「自分がもし体験したらと思うと心が重くなり、生きていけないような気がした。今の毎日がどれほど幸せなのかを実感した」と胸の内を明かした。
被爆地で学ぶ
満田さんは、会津若松市が毎年8月に行う中学生向けの被爆地派遣事業の代表メンバーに選ばれた。「言葉では表せないことを自分の目で見て体験できるのがうれしい。広島の良いところも、原爆や戦争のことも、色々な視点で見たい」と意欲を示した。
終戦から81年が経ち、記憶の風化が進む中、今年派遣された中学生は13人。事業開始から31年で、延べ333人が広島を訪れてきた。
会津若松市総務課の長島秀昭課長は「終戦から80年以上が過ぎた。80年前に何があったのかを現地で感じ、考えるきっかけにしてほしい」と語る。
厚生労働省によると、被爆者の平均年齢は86.6歳。2025年にはじめて10万人を下回り、人数は毎年数千人規模で減少している。派遣された生徒たちは原爆ドームなどを見学し、8月6日の平和記念式典にも出席した。
心に刻んだ思い
2泊3日の派遣事業を終え、満田さんは広島での体験を振り返った。「空気が一瞬で変わった気がした。写真や言葉、絵を目にした瞬間、心臓を掴まれるような感覚があった」と強い衝撃を受けた様子で語った。
被爆を体験した女性からは「若い世代にどんどん伝えてほしい」と託されたという。
満田さんは「その気持ちを背負い、学校や地域で平和や戦争について触れる機会を自分たちで増やしていきたい」と決意を新たにした。
戦争を知らない世代が、これから何を伝えていけるのか。被爆者の生の声を聞ける時間は残り少なくなっている。
(福島テレビ)

