熊本県で最大震度7を観測する地震が発生してから7日目です。
熊本市で40.3度が観測され「酷暑日」となるなか、暑さとの闘い、物資の分配、そして思いもよらぬ「二次災害」が重なっています。
イオンモール熊本の爆発事故で、従業員だった22歳の女性を亡くした遺族は「私は人災だと思います」と悲痛な胸の内を明かしました。
被災地の現状です。
■熊本市は40度「酷暑日」予想 初の”災害関連死”疑いも
地震の発生から7日目で、死者は38人にのぼっています。
熊本県ではきのう=2日、70代の女性が車の中で意識のない状態で見つかり、その後死亡が確認されました。
熊本県は、女性は熱中症の疑いがあるということで、県は今回の地震で初めて「災害関連死の疑い」があると発表しました。
熊本市では3日午後2時過ぎに、40.3度を観測し「酷暑日」となり、熱中症への厳重な警戒が必要です。
九州電力送配電によると、熊本県内の停電は先月31日に全域で解消した一方で、国交省によると、3日午前9時時点で約4万5000戸で断水が続いているということです。
■「厳しい暑さ」の中、倒壊した自宅横の小屋で暮らす女性
最大震度7を観測した氷川町。
連日の猛暑が続く中、倒壊した自宅横の小屋で避難生活を続ける家族がいます。
緒方タツ子さん(74)は、地震で家屋が倒壊した際に閉じ込められ、胸や背中の骨を折るなどの大ケガを負いました。
先月30日は、熱気のこもる小屋の中で寝たきりの状態でしたが、2日になると椅子に座れるようになりました。
しかし、避難所での生活は難しく、倒壊を免れた小屋での暮らしを余儀なくされています。
【緒方タツ子さん(74)】「足がどうもないから。歩けるけど、寝て起き上がる時が一番辛いです。飲み物も持ってきて飲ませてもらわないと、手が上がらないくらいだったから。少しは手も自由が利くようになりました。痛みはやっぱり、痛み止めしかないからね。でも、孫たちやひ孫たちの顔見れたら、少しは元気になります」
31日から電気が復旧して冷蔵庫が使えるようになりましたが、小屋にはエアコンがなく、扇風機だけでなんとか暑さをしのいでいます。
■DMATが「水の輸送」に奔走
被災地では各地で命を守る対応と支援が求められる中、地震発生後に設置された災害派遣医療チーム「DMAT」の拠点本部では、全国から集まった70の医療チーム約400人が、病院支援や物資輸送など様々な対応に追われています。
災害級の暑さの中で、避難所や施設などへの「水の輸送」もまた、命をつなぐための重要な任務です。
【大阪医科薬科大学病院・生塩典敬医師】「水分結構とらないと。いまかなり炎天下の夏で暑くて。防ぐことができることは特に熱中症もそうです。災害関連死につながるのは、1番防げることかなと思う」
■物資が行き届いているかは「現地」に行かないと分からない
水の輸送チームが支援物資が集まる拠点に到着すると、駐車場には水の入った段ボールが山積みになっていました。
【福岡徳洲会病院 DMATコーディネーター・鈴木裕之医師】「ここに水が大量に来過ぎちゃってて、溢れて外に出されている。これで雨が降ると段ボールだから劣化しちゃうので、出来るだけここから(必要な場所に)分配したい」
物資が行き届いているかどうかは、直接足を運んで確認するしかありません。
次に向かった避難所では水が不足していたため、段ボール20箱分を運び込みました。
【福岡徳洲会病院 DMATコーディネーター 鈴木裕之医師】「いまこれが足りないと言って、(同じ場所に)大量に来ても、それを分配するのが難しい。そこに苦労しているという感じです。必要なものが毎日変わっていくという形です。災害現場の現実だと思います」
物資は足りていても、効率的に分配することが難しい現状がありました。
■イオンモール爆発事故の遺族「安否確認はできていた」
また、地震発生後のイオンモール熊本で起きた爆発事故では、7人が犠牲となりました。その1人が、22歳の大竹玖瑠美さんです。
【亡くなった大竹さんの親族】「明るくて、まじめで気さくで誰からも好かれるような、ほんと良い子だったと思います。『玖瑠美、きつかったねと』『痛かったね』と」
変わり果てた姿の大竹さんと対面した親族の男性が、悲痛な思いを語りました。
【亡くなった大竹さんの親族】「玖瑠美は地震後は外に避難してたので、その時は間違いなく生きてたんですよね。母親と安否確認は出来ていたんですよ。『大丈夫?』『大丈夫』ということで安否確認は出来ていた」
■「会社からの指示」で戻った5分後に爆発
大竹さんはイオンモール熊本の2階にあるコスメ店で働いていました。
地震の後、一度は外に避難していたといいます。
【亡くなった大竹さんの親族】「(避難時に)たまたま買い物に行っていた、おばといとこに会っている。そこで、『売り上げをどうしても金庫に入れないといけないから店内に戻る』と。
いとことおばは止めた。『危ないからやめた方がいい』と。でも、玖瑠美はとても責任感がある子で、忠実で、会社から言われれば『行かなくちゃいけない』と思ったと思う」
コスメ店側から売上げを金庫に入れるよう指示され、同僚と2人で店に戻ったといいます。その約5分後に爆発が起きました。
【亡くなった大竹さんの親族】「爆発の映像を見てすぐに母親が連絡しても、もう連絡がつかなくなってしまった。(引き留めようとした)いとこも自分を責めて精神的に滅入ってて、ご飯も食べない。いまは怒りの方が強い。私は人災だと思います」
■「もう娘は帰ってこない」
2日には、亡くなった大竹さんの通夜が営まれ、勤めていた会社の社長らが遺族に対し、「館内に戻るよう指示したこと」を認めました。
【大竹さんの会社の営業部長】「『もし可能であれば売上金を金庫に直してくれないだろうか』と、『もし入れるのであれば』と言いました。はっきりと」
そのうえで、改めて遺族に謝罪しました。
【大竹さんの母親】「もう娘は帰ってこないんですよ。しっかり真実を話してください。止めてほしかったです。『帰れ』って言ってほしかったです」
(関西テレビ「旬感LIVE とれたてっ!」2026年8月3日放送)
