シリーズ『復興検証42兆円のゆくえ』第3弾は、被災者の心のケアに焦点を当てる。震災から15年が経った今も、被災者の一部が深刻な心的外傷後ストレス反応を抱えている。一方、被災者支援を支えてきた「被災者支援総合交付金」は年々縮小され、地域のサロンや相談窓口が次々と閉鎖されつつある。転換期を迎えた「被災者の心のケア」の現実とは。
「心のケア」に充てられた2兆円超
東日本大震災の復旧・復興には、東京電力福島第1原発事故への対応も含め、15年間で総額42兆円もの国費が投じられた。内訳では「住宅再建」や「復興まちづくり」の割合が最も大きいが、心のケアなどを含む「被災者支援」にも、15年間で2兆3592億円が充てられてきた。
その中核を担ってきたのが、2016年度に創設された「被災者支援総合交付金」だ。時間の経過とともに多様化するソフト事業の課題に対応するため設けられ、被災者の見守りや相談支援事業などのメニューを持つ。昨年度までに合わせておよそ1424億円の予算が計上されてきた。
しかし、その交付金は創設以降年々縮小されている。今年度は予算55億円の内、宮城県に7000万円ほどが交付されたものの、宮城・岩手の自治体分については打ち切られた。被災者支援に特化した復興庁の出先機関「宮城復興局」も2026年3月にJR石巻駅前のビルから姿を消した。インフラ整備などに一定のめどが付いたとして閉鎖されたためだ。
閉鎖された「閖上サロン」 91歳女性が語る喪失感
津波で大きな被害を受けた名取市閖上地区の災害公営住宅。176世帯のうち半数以上が高齢者の単身世帯というこの場所で、取材当時91歳の高橋春子さんは9年間1人で暮らしてきた。
高橋春子さん:
(引っ越し当初は)人が分かんないからね。友達いなかった、最初は。
そんな春子さんの心の拠り所となっていたのが、名取市のコミュニティー支援事業「閖上サロン」だった。市から委託された支援員と住民がともに過ごすこの場所で、春子さんは毎朝のラジオ体操を楽しみ、お茶を飲み、仲間と時間を共にしてきた。春子さんは「本当に楽しかった」と振り返る。
しかし、2025年12月、「閖上サロン」は閉鎖された。理由のひとつが運営費の財源だった「被災者支援総合交付金」の打ち切りだ。名取市はこうした被災者の生活を支える事業全体に、震災後、総額で19億円を投じてきた。しかし財源が断たれた今、事業の継続は困難となった。
高橋春子さん:
毎朝、行ったりしてたのが行くところが無いね。そうするとやはり寂しいよね。家の中でポツンとしていなきゃないし。
春子さんが静かに語るその言葉は、交付金打ち切りが被災者一人ひとりの日常にもたらす影響を、数字よりも鮮明に伝えている。
4割が使い残し 自治体側にも課題
交付金の使途については、自治体側の運用課題も指摘されている。
岩手大学の井上博夫名誉教授は、打ち切りの背景についてこう説明する。
岩手大学 井上博夫名誉教授:
被災者であるかないかで線引きをして、被災者のみに対象を限った事業として行う必要性、あるいは必然性が低下してきた。

その上で井上名誉教授が問題視するのが、交付金の「使い残し」の実態だ。コミュニティー形成支援などを含む「被災者支援総合事業」の予算のうち、2024年度までの不用額は全体の43パーセントに上る。4割が使われないまま残っていたことになる。
岩手大学 井上博夫名誉教授:
せっかく『これだけやっていい』と国が予算を組んだのに使えなかった自治体側に課題があった。交付金事業の公募をして、市民団体からたくさんの応募があったが、自治体がそれを審査で落としている。
交付金事業に携わっていたある自治体の担当者も、「自治体と市民団体の連携が弱く、どのような事業が必要とされているのか自治体側が把握できていなかったのではないか」と内情を明かす。支援が必要な場所に、必要な予算が届かない構造的な問題が15年にわたって続いていたことになる。
震災15年後も深刻なストレス反応

交付金の縮小が進む一方で、心のケアの必要性を示す研究結果が発表された。
東北大学が震災後15年にわたって実施した調査によると、自宅が「大規模半壊」だった七ヶ浜町の住民1291人のうち、14.7%が今もフラッシュバックなどの深刻な心的外傷後ストレス反応を抱えていることが明らかになった。約7人に1人が、15年後の現在も震災の心理的影響と向き合い続けている計算だ。

さらに、震災1年目から2年目にかけて症状が悪化した人は、症状が続かなかった人と比較して、ストレス反応が続くリスクが5.3倍に上ることも分かった。
調査にあたってきた東北大学大学院医学系研究科の富田博秋教授はこう強調する。
東北大学大学院医学系研究科 富田博秋教授:
東日本大震災の影響を残している人が、これだけいるということを認識しながらケアにあたっていくことは重要。長期にわたって慎重に見守りをしていくことが必要。
支援の縮小と、支援の必要性を示すデータ。この二つが同時に存在するという現実が、今の被災地の姿だ。
「支援をやめるわけにはいかない」 気仙沼市の選択
交付金が打ち切られた後も、支援の継続を選んだ自治体もある。
気仙沼市が災害公営住宅に設置した高齢者相談室では、委託された職員が住民からの相談に応じ、戸別訪問も行っている。高齢住民は、「体のことを心配していただいて、とても心強いと思います」と話す。
気仙沼市では2025年度、「被災者支援総合交付金」を財源に、この事業に6000万円ほどを投入していた。しかし2026年度は、県などの補助が出る介護保険事業として予算におよそ2100万円を計上。予算の大幅減少に伴い、15人配置していた相談員を6人に縮小し、開設日も常設から週2回に減らすことで、事業を継続している。
背景には、深刻な孤立化の現実がある。県内の災害公営住宅における1人暮らしの高齢者の割合は過去最高の41パーセントに達し、震災発生以降に孤独死した人は444人。直近3年間は毎年50人以上で推移している。
気仙沼市高齢介護課 小野寺るみ子課長:
高齢者の1人暮らしが増えていますので、そういった方の見守りが必要ではないかと。継続していきたい。
規模を縮小しながらも支援を続けるという、苦渋の選択の中にある。
問われる「心のケア」の在り方
「第2期復興・創生期間」の終了とともに、ソフト事業の支援は大きな転換期を迎えた。インフラ整備や住宅再建に重点が置かれてきた復興政策において、「目に見えにくい」心の問題は、予算削減の対象になりやすい。
様々な課題を抱えながら、それでも現場は支援を続けようとしている。復興予算が削られていく中で、支援を求める人々をどう支えていくのか。心のケアの在り方が、今、そして未来に向けて問われている。

