東日本大震災の発生から15年以上が経過した。インフラ整備はほぼ完了し、「復興」は新たな段階へと移行しつつある。シリーズ『復興検証42兆円のゆくえ』第2回は、巨額の復興予算が投じられた「防災集団移転事業」。高台や内陸部に新たに整備された地区は、住民の命や暮らしを守る一方、人口減少や高齢化が課題となっている。
住宅「2軒」の集団移転先
男澤和則さんは、津波で大きな被害を受けた石巻市雄勝町の分浜地区で、2023年からゲストハウスを営んでいる。父が雄勝町出身で、子供のころは毎年夏休みに、雄勝町に遊びに来ていた。もともとは仙台で暮らしていたが、仕事を定年退職した後、住所を雄勝町に移した。「雄勝町が大好き」と語る一方、地域の現状をこう分析する。
男澤和則さん:
(周囲に)20年経ったら地図から消えるよな、と言っている。震災前からすでに人口減少は始まっていたが、ゆっくりと動いていた時計の針が、あの震災で急にビュンって回ったんだろう。
震災前、分浜地区には100人ほどが暮らしていたが、現在ゲストハウス以外で住宅は「2軒」のみ。
この地区で震災後に実施されたのが「防災集団移転事業」だ。被災した宅地を自治体が買い取り、住民が高台や内陸部に集団で移転する仕組みだ。もともと一つの地区で「10戸」以上が条件だったが、東日本大震災では「5戸」に緩和された。
宮城県内で3491億円、186地区に8926戸
住宅の8割が全壊した石巻市雄勝町では、118億円をかけて13の地区に民間の宅地と災害公営住宅が合わせて193戸整備された。
宮城県内全体では、12の市と町の186の地区で合わせて8926戸が整備され、事業費は3491億円に上った。
東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復旧・復興に投じられた国費は、15年間で「42兆円」。そのうち、防災集団移転事業も含む「住宅再建・復興まちづくり」は最も割合が高く、13兆6485億円が充てられた。
阿部徳太郎さんは、石巻市雄勝総合支所で防災集団移転事業に携わった。事業を進めた背景について、「将来にわたって安全な地域、町を未来に渡すことが使命だった」と語る。
巨額の公費を投じて、住宅が整備された雄勝町だが、人口減少と高齢化が進む。震災前、約4000人いた人口は、958人にまで減少した(2026年7月末時点)。高齢者の割合は6割を超える。
市が震災後初めて行った防災集団移転に関する意向調査では、雄勝町中心部で100世帯以上が移転を希望していた。しかし、実際には生活の利便性が高い市街地に人が流れ、約600あった中心部の世帯数は30にまで激減した。
石巻市雄勝総合支所 阿部徳太郎さん:
出ていった人たちを何とかしようというのはなかった。人口減少が進んだことは残念だが、雄勝で生きていきたい、人生を全うしたいという人たちが残って一生懸命生活している。
高橋恒子さんは、雄勝町中心部の災害公営住宅で娘と2人で暮らす。雄勝町で生まれ育ち、防災集団移転で地元に残ることを選んだ。
高橋恒子さん:
もう少し何かあればいいが産業も何もない。もう少し若い人がいればいいけど。
雄勝町にはスーパーもコンビニエンスストアもない。高橋さんも、日々の暮らしに不便さは感じているという。しかし、雄勝町で人生を全うしたい。そう考えている。
高橋恒子さん:
幸せっていうより他ない。不幸せだって言ったって、笑って過ごすしかない。私はそう思っている。
問われる事業効率 コストと時間圧縮「差し込み式」
帝京大学経済学部の増田聡教授は、今回の集団移転事業の構造的な課題を指摘する。
帝京大学経済学部 増田聡教授:
本来は、道路や高台の造成は、ある程度の規模がないと実施しない。しかし、今回は最低5戸で実施でき、通常のインフラ整備に比べればかなり効率の悪い場面があった。一方で、「みんなで一緒に住みたい」や「伝統を残したい」などの思いも価値がある。費用とどうバランスを取るべきか、難しい問題。
宮城と比べてコストと時間を圧縮した集団移転の手法が存在した。
岩手県大船渡市で採用された「差し込み式」と呼ばれるもので、高台の既存の地区の空き地に団地を小規模に移転させる。
震災当時、大船渡市の市長だった戸田公明さんは、「道路や電気、電話、水道が既に整備されている場所に移転するため、大規模な工事が必要なかった」と振り返る。

市民団体「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」は、大船渡市で差し込み式が実施された地区と女川町について、1戸あたりの整備費と平均工期を試算した。
それによると、1戸あたりの整備費は、女川町が「7269万円」で、大船渡市の差し込み式の地区が「3237万円」と半分以下に抑えられた。平均工期も女川町が「38.8カ月」で、差し込み式では「9.5カ月」と大幅に短い。結果として多くの住民が参加し、集団移転が実現した。
大船渡市元市長 戸田公明さん:
人口減少時代、国としても財政的に余裕のない時代を迎えていて、できる限り費用を抑える必要がある。差し込み式はうまくいったと思う。
活用進まない移転元地 のしかかる維持管理費
震災から15年以上が経つ中で深刻化しているのが、移転元地(自治体が買い取った被災宅地)の未活用だ。
かつて住宅が建ち並んでいた気仙沼市の南気仙沼地区には、空き地が広がる。気仙沼市新庁舎建設・財産管理課の小山隆晴課長補佐は、活用が進まない現状を明かす。
市は防災集団移転事業で被災した宅地約116haを買い取り、公共施設用地への活用や民間への売買・貸付を進めてきた。しかし、4割でいまだに活用の見通しが立っていない。草刈りなどの維持管理費は昨年度約280万円に上った。
宮城県内全体でも被災した宅地の約2割が未活用で、年間で900万円近く維持管理費がかかっている自治体もあるという。
気仙沼市新庁舎建設・財産管理課 小山隆晴課長補佐:
復興も落ち着いてきてなかなか活用ができない。結局残っているのは狭い所だったりする。
「防災集団移転」は何を残したか

防災集団移転事業は、被災者の住まいを再建し、住民の命と安全な暮らしを守るという大きな役割があった。一方で、膨大な公費をかけて整備された地区では、人口流出や高齢化が進み、活用が進まない移転元地は、自治体の財政を圧迫する。人口減少が加速する中、次の災害が起きた時にどうまちづくりを進めるのか、その在り方が問われている。

