障害のある人たちがスキルアップして働ける、北海道・江別市民の拠点「ココルクえべつ」。
以前みんテレでお伝えしましたが、この施設は高齢者が活躍できる場所でもありました。
4月、「ココルクえべつ」のパン屋さんで働き始めた斉藤琉維さんです。
最初のごろは流れ作業のスピードについていけず、斎藤さんの前にはパンがたまってしまいました。
「こっちやってみる?」(パン店の先輩)
「クリームパンが好きです。将来はパンを作る人になりたい」(斉藤琉維さん)
江別市大麻のココルクえべつは、斎藤さんのように知的障害のある人が働けるパン屋さんや特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者住宅などが集まる市民の交流拠点です。
働き始めて3か月、斉藤さんは客が購入したパンを袋に入れたり、店で食べていく客にコーヒーを出したりと、接客の仕事も任されるようになっていました。
6月、ココルクえべつには普段の休日の倍近くの人が訪れました。年に1度のビアガーデンが開かれたからです。
「僕が孫なのでひ孫になります。久々に会って元気そうでなによりです」(来場者)
ココルクえべつの老人ホームで暮らす女性は、久しぶりに会った孫の手をいつまでも握っていました。
社会人として初めて実家を離れた息子に会おうと、斉藤さんのお母さんが浦臼町から訪れていました。
「(一人暮らしで)住んでいる所が(職場から)遠い。バスに乗って行けるのかなとか、いろいろ心配です」
「ちょっと泣きそうになりました。生まれた時からいろいろ障害があるんじゃないかということだったので、ちゃんと働けるんだと思ったらなんかちょっと涙出そうでした。『パン作れるよ』とかっこよく言えるくらい働ければ良いと思います」(いずれも斉藤琉維さんの母親)
夕方、ビアガーデンの会場にココルクえべつのサービス付き高齢者住宅で暮らす男性がやってきました。
「乾杯!」
80歳になった菅原敏彦さんです。江別に移り住むことを決めたのは、2024年妻の美代子さんが亡くなったことがきっかけでした。
「(以前から料理はした?)いいえ、していません。ここに来てからです」(菅原敏彦さん)
サービス付き高齢者住宅には朝と晩、食事が付いていますが、自炊をしています。
この日の晩ごはんは妻の美代子さんがよく作っていたという甘い味付けの卵焼きに、ホッケや昆布巻きなど。
そして毎日欠かさないのが…
「炭鉱でよく作っている『ナンコ』。馬の腸です。ホルモンですね」(菅原さん)
炭鉱のマチ・三笠市で生まれ育ち、「ナンコ」は幼いころ母親が料理してくれたふるさとの味です。
一日の終わりに楽しむ晩酌が生きがいとまで言う菅原さんに、2025年、娘さんがある提案をしていました。
「『認知症の予防に話ができるから温泉でお願いしたらどうなの』と言うからスタッフの方に言ったら『良いですよ』とすぐ決まった」(菅原さん)
週に1度、ココルクえべつの温泉で働いているのです。
61歳で建設会社を辞めてから、約20年ぶりに仕事に就くことになりました。
「はい、ごゆっくり」(菅原さん)
受付の仕事のほか後片付けもします。部屋に帰るのは夜の10時30分ごろ。
80歳でも働けるのは、ココルクえべつが「生涯活躍」を目標に掲げているからです。障害のある人も高齢者もお互いできることをやり支えあって生きていく。
「夜来る方は常連が多い。いつも顔を合わせるので自然と話をして友達になる」(菅原さん)
「無いのかい?」(常連客)
「いや、まだ1週間か10日分くらいある。今度来るとき買ってきて」(菅原さん)
「(何か頼んでいた?)ナンコ頼んでいたの。いつも買ってきてもらっている」(菅原さん)
晩酌に欠かせないナンコは江別では売っていないので、岩見沢の常連さんを頼っていました。
働きながら好物のナンコも手に入れる。菅原さん、なかなかやります。
今週、ココルクえべつの畑には、近くの中学校から特別支援学級の生徒たちが草取りの手伝いに来ました。
にぎやかな生徒の声に誘われて、菅原さんも畑に出てきました。
「いやー、すごく助かります。やっぱり若いからみんな元気いいですよね。われわれと違って」(菅原敏彦さん)
2時間かけて雑草を抜いた畑はきれいになりました。
「スコップで草を取るのが大変でした」
「すごく大変でした。きれいになりました」(いずれも大麻東中学校の生徒)
生徒たちはこの畑で咲いた花でフラワーキャンドルを作ることにしています。
菅原さんも人生で初めて花を育てることにチャレンジしていました。
「『なんで菅原さん、施設にいて日に焼けているの』とよく言われます。キクの花を植えている。お母さんの仏壇にあげられるように」(菅原敏彦さん)
きれいに咲いた花を妻の美代子さんの仏壇に供えることにしています。
