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“私”を生きる ~live My life~

目指すは「100歳コンサート」80歳エレキギタリストの飽くなき挑戦「親子4代での三味線演奏」も

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「楽しくてしょうがない」そう笑う宮崎県延岡市のギタリスト森山喜昭さん80歳。バンド活動と津軽三味線、さらには会社経営と多忙な日々を送る。喜昭さんが2005年に結成した「森山バンド」は20周年記念コンサートで600人を動員。さらに独学のパソコン作曲で最優秀賞に輝くなど、その勢いは止まらない。津軽三味線歴50年の節目をも超え、「100歳コンサート」や親子4代での共演という新たな夢に向かって走り続ける、その飽くなき挑戦心に迫る。

600人の観客を動員したコンサート

延岡市を拠点に活動するアマチュアバンド「森山バンド」。1960年代のアメリカン・ポップスや邦楽、オリジナル曲など幅広いレパートリーを持つ6人編成のバンドだ。

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2005年結成の森山バンドは、地元のホールやパーティーイベントなどを中心に活動。

その楽曲と演奏力は、数々のアマチュア大会で賞を獲得するなど、高く評価されている。

バンドを率いる、メンバー最年長でギターとボーカルを担当する森山喜昭さん(80)。

喜昭さんは「メロディーが乗ると体が動くし、気持ちが良い。そろった時が楽しくてしょうがない」と話す。

2026年2月に野口遵記念館で開催された結成20周年記念コンサートでは、600人を超える観客を動員した。

兄弟で支える農業支援装置

20周年を迎えた「森山バンド」。長く続けてこられた秘訣は「3兄弟が仲が良いこと」だという。

次男の兼博さん、三男の晴由さんも森山バンドのメンバーなのだ。

バンドメンバーから「行動力がすごい」と言われる喜昭さんは、「なんでも実行よ!」と話す。

森山喜昭さん:
応援してくれる人たちがいますので、お客さんのニーズに応えるようなものをどんどんやっていく。だから私、新しいものどんどん取り入れていってるんです。

そんな喜昭さんの本業は、会社経営だ。自身が立ち上げた会社「株式会社ブルーウィング」で弟の兼博さん、晴由さんと共に農業支援装置の開発・製造に取り組んでいる。同社が特許を取得している「なからっぽ」は、ビニールハウス内の液肥などの噴霧システムです。

若い頃から共に働く兄弟の絆は深く、幼少期に母親から教わった「兄弟喧嘩をするな」という言葉を今も守り続けている。衝突しそうになれば互いに抑制し合うという絶妙なバランスが、長年の共同経営を支えてきた。仕事の合間にはバンドの話題で盛り上がることもあり、公私ともに充実した時間を共有している。

音楽の原点

喜昭さんの音楽の原点は中学生時代にある。いとこが質屋でギターを購入し、その練習に付き合っていたことがきっかけだった。

高校卒業後は大阪の化学メーカーに就職し、当時流行していたベンチャーズやビートルズの影響でエレキギターを開始。喜昭さんは「ベンチャーズのテケテケというテケテケサウンドを聴いたとき、何だろう、すごい音だなと思った」と当時を振り返る。

その後、家族の事情により、就職して1年ほどで延岡へ帰省。地元で当時珍しかったロックバンド「ザ・シャネルズ」を結成し、演奏活動を本格化させた。

作詞作曲、レコーディングも

仕事もバンドも楽しんでいる喜昭さんだが、さらに作詞・作曲も手掛けており、自身のバンドだけでなく他者への楽曲提供も行っている。

パソコンを用いた作曲歴は約30年に及び、1人で6~7人のフルバンド編成の音源を作り上げる。

独学で習得した技術について喜昭さんは「行き詰まっても一時中断し、最初からやり直すことで解決策が見えてくる。階段を一段ずつ上るようにして習得した」と振り返る。

その実力は、2026年2月に全日本音楽コンテストで最優秀作曲賞に輝くなど、専門家からも高く評価されている

また、現在はギターの演奏や作詞作曲にとどまらず、楽曲のレコーディングまで手がけている。この日は、喜昭さん作曲の「馬ケ背一人旅」を歌手の小田加奈子さんが歌っていた。

喜昭さんは「“馬ケ背”という日向の名所がある。あそこを作詞家の久木野浩さんが時間をかけて探索しながら書いてくれた。それを見て、これは女性で歌った方がいいなと思った」と話す。

歌手 小田加奈子さん:
80代とは思えない。50代にしか見えませんよね。パソコン操作とかもスイスイされて。ギター演奏もされるわけじゃないですか。九州でこれだけオールディーズとかをすごく盛り上げて演奏できるバンドメンバーってそうそういないんじゃないかなと思います。

喜昭さん:
嬉しいですね。年は取りたくないけど、知り合いから「100歳コンサート」まで言われてるので、100まで生きてみようかなと。天が与えてくれた命ですからわかりませんけども。この前ステージで話したら「森山さんいいこと言った!」「我々も長生きせんといかん」「森山さんの100歳コンサートが見たい」という方が何人もいて励みになった。

三味線で目指す親子4代共演

そんな喜昭さんには、もう一つの顔がある。

津軽三味線50年を迎える喜昭さんは、その魅力を広く伝えようと海外でも演奏会を実施。 1992年には「津軽三味線 森山流」を立ち上げ、家元として伝統の継承と普及に努めている。

森山喜昭さん:
弦が3本しかないけど、弾く人によって同じ三味線を握っても音色が違うとかね。喜怒哀楽というか、楽しい音もさみしい音も一本の三味線の音色で表現できる、不思議な楽器だなと思う。

娘 森山由希華さん:
私が生まれた時に始めたので、もうずっと赤ちゃんの時から聞いて育って、いつの間にか持たされていた。情熱ですかね。音楽もですけど、何でも興味を持ったことにはとりあえずやってみるというか、そのチャレンジ精神というか。今でもそういう気持ちを持っているので、負けてられないなと思う。

2026年6月には、娘の由希華さん、孫の博昭さんと三世代で三味線の共演を果たしている。喜昭さんが次に見据えるのは、ひ孫を含めた「親子四代」での共演だ。

森山喜昭さん:
私が100まで生きれば親子四代ができるかもしれない。ひ孫の代まで続けば、誰も真似のできないことが将来できるかもしれない。親子四代の三味線が弾けたら、これはもうギネスもの。

  人生は80歳からでも輝ける。80歳だからこそ輝ける。好きなことに夢中になり、人生を豊かに彩る喜昭さんの姿は、挑戦に遅すぎることはないと私たちに教えてくれる。

森山喜昭さん:
何でも一歩踏み出せ、何でも挑戦という気持ちがあるので、年のことはあんまり考えずにどんどん前に進むだけ。後ろは見ないです。100歳コンサートができるか。誰もやらないことをやってみたい。

 喜昭さんは地元の歌を多数作曲、津軽三味線でもおおくの門下生を輩出し、その功績が称えられ2025年11月には延岡市の文化功労賞を受賞した。

好きなことに夢中になり、新たな目標を掲げ続けるその姿は、全世代の人々に勇気と活力を与え続けている。

(テレビ宮崎) 

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