今から30年前、1996年の7月に今の有田町をメーン会場に焼き物をテーマにした「世界・炎の博覧会」が開幕しました。87日間で255万人が訪れるビッグイベントでした。サガテレビに残るアーカイブ映像で振り返ります。
【鶴丸】
「世界的な芸術家岡本太郎さんの遺作となったモニュメント『花炎』です。湧き上がる炎、そして命。博覧会のテーマ『燃えて未来』を象徴しています」
世界・炎の博覧会開催のきっかけとなったのは、世界的な陶芸関係者の組織国際陶芸アカデミー総会の佐賀県への誘致です。
県内ではこの総会に合わせ国際的な陶芸博覧会を開催しようという機運が高まりました。
バブル経済崩壊後の厳しい経済状況の中でしたが、佐賀県を中心に市町村や経済・産業界文化団体などが一丸となって開催にこぎつけました。
開幕日前日に行われた開会式には秋篠宮ご夫妻が出席されました。
【秋篠宮さま】
「新しい時代にふさわしい人間の生き方や地域の在り方を広く提唱しようとするこの世界・炎の博覧会が開催されますことは誠に意義深いことであると思います」
そして迎えた開幕日。
【井本知事(当時)】
「世界・炎の博覧会の開幕を宣言いたします」
初日はあいにくの天気となりましたが、この日を楽しみにしていた人たちが大勢訪れました。
炎博は九州では初めて通商産業省の「ジャパンエキスポ」に認定され、吉野ヶ里などのサテライト会場を合わせると32のパビリオンが設置されました。
皇太子時代の天皇皇后両陛下も会場を視察されました。
去年亡くなった白磁の人間国宝・井上萬二さんのろくろの技もご覧になりました。
炎博の出し物として焼き物産地・有田の5つの窯元がその威信をかけて取り組んだのが磁器製のからくり人形です。
【人形製作総責任者 梶原茂弘さん】
「陶工の魂職人のプロの技そういうものを集合してみなさんに見ていただきたい。有田の良さを知っていただきたい」
人形の中に組み込んだ機械をコンピューターで操作し、地元に伝わる『大蛇退治』の伝説を人形芝居で演じます。
温度や湿度によって焼き上がりの大きさが微妙に違う上に割れ物とあって作業は難航しました。
そして本番。
美しい磁器の人形による芝居は博覧会の目玉の一つとなりました。
一方、吉野ヶ里サテライト会場ではベトナムや中国から陶工を招き、古代から受け継がれている焼き物の技法が紹介されました。
このうちベトナムのチャム族は薪となる木の枝とともに土器を積み上げ強い風を利用する野焼きを披露しました。
炎博では「市町村の日」が設けられ当時の49市町村それぞれの住民が地元の伝承芸能などをステージで披露しました。
話題になったものの一つがデビュー公演となった旧東脊振村の「バンブーオーケストラ」。
「すごくきれいな音が出ていて素晴らしかった。うちの夫が出ていたので見に来た」
「よかです。がばいよかです」
地元の竹で作られた楽器の独特の響きが観客を魅了しました。
総入場者数の目標は120万人でしたが、予想をはるかに上回るペースで推移。
終盤には交通の大渋滞が起きるほど入場者が押し寄せ3時間待ちのパビリオンも。
最終的には87日間の期間中目標の2倍を超える255万人が訪れ博覧会は幕を閉じました。
【鶴丸】
サガテレビも期間中、有田会場にサテライトスタジオを設けて、毎日炎博に関する情報を放送していました。
炎博から30年。いわゆるレガシー・遺産として残ったもの、残らなかったものがありますが、当時、小さな県でもこんな大きなイベントができるんだという高揚感のようなものが県全体にあったように思います。
世界・炎の博覧会についてお伝えしました。
