俳優の大東駿介さんが、訪れた街のうんちくや、まだ地元住民にも知られていないような魅力を探す「発見!てくてく学」。

今回訪れたのは、京都を代表する観光スポット・嵐山。

美しい紅葉の名所として知られる嵐山は、初夏の新緑もまた格別だ。

そんな風光明媚な嵐山ですが、実は1980~90年代にかけて、「タレントショップ」でにぎわっていたことは知っているだろうか?

大東駿介さん:もしかしてダウンタウンさんのグッズショップありました?オレ、小学校のとき来てるわ!

今回は嵐山が人気観光スポットになった歴史を調査する。

■1980〜90年代の嵐山は「タレントショップ」だらけ!

実は、1980年代から90年代にかけて、嵐山の街並みはいまと全く違う姿をしていた。

ビートたけしさんプロデュースのカレー店「北野印度会社」は連日多くのお客さんでにぎわい、浅香唯さんや松方弘樹さんの店、吉本新喜劇のショップや、山城新伍さんのうどん店、ダウンタウンのグッズショップまで。

多くのタレントショップが立ち並ぶ一大エンタメ街だったのだ。

大東駿介さん:激アツやん!時代をつくったタレントさんのお店ですよ。

梅宮辰夫さんの等身大人形が飾られた漬物店の「辰ちゃん漬」の記憶もよみがえる。

大東駿介さん:なんか知らんけどめっちゃ興奮する!

大東さん興奮!
大東さん興奮!
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■“辰ちゃん”がまだいた!タレントショップの名残を発見

大東さんは昔の地図を手がかりに、かつてタレントショップがあった場所を歩く。

浅香唯さん、松方弘樹さん、梅宮辰夫さんの店が並んでいた一角を訪れると、思わぬ発見があった。

大東駿介さん:え!辰ちゃんおるやん!歴史遺産や、もはや。

現在も京土産を販売する店舗の一角に、梅宮辰夫さんの人形が立っている。
ごぼうが入ったきゅうりの「辰ちゃん漬」も健在だ。

タレントショップ全盛期には、梅宮さん本人が自ら店頭に立つこともあり、それはそれは大盛況だったそうだ。

辰っちゃん人形は健在
辰っちゃん人形は健在

■なぜ嵐山にタレントショップが集まった?

ところで、いったいなぜ嵐山にタレントショップが集まったのだろうか?

その理由を探るため、大東さんは1935年(昭和10年)創業の竹細工の老舗「いしかわ竹乃店」を訪ねました。三代目の石川さんは嵐山商店街の会長でもある。

いしかわ竹乃店・石川恵介さん:吉本新喜劇のショップがあって、渡月橋を越えたところに、間寛平ちゃんの大きな顔の看板が。

しかし、景観を守るために、当時の商店会などが「頼むからこの看板はやめてくれ」と頼み込んで看板を下ろしてもらった経緯もあったそうだ。

タレントショップの先駆けとなったのは、テレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のグッズを売っていた「元気が出るハウス」。

太秦の撮影所ゆかりのスター・松方弘樹さんが番組に出演していたことが、嵐山にオープンする大きなきっかけだった。これが大成功したことでタレントショップの出店ラッシュが起きたのだ。

元気が出るハウス
元気が出るハウス

■タレントショップの前は”アンノン族”ブーム

実は1980年代のタレントショップブーム以前、1970年代にも嵐山には大きな転機が訪れていた。

女性ファッション誌「anan」「non-no」を片手に、若い女性が一人旅をする「アンノン族」の存在だ。

いしかわ竹乃店・石川恵介さん:それまで女性の一人旅ってなかなかなかった。そんな時代に、女性がガイドブックを持って奥嵯峨の方に大挙して。

嵐電の駅の近くには、日本で初めてとされるレディースホテルが1974年に開業したのだそうだ。

女性が一人で旅をすること自体が珍しかった時代、嵐山はその先駆けの地でもあったのだ。

アンノン族ブームでレディースホテルも
アンノン族ブームでレディースホテルも

■「観光客が100人しか歩いてない」廃線が生んだ復活劇

しかし、そんなブームにも終わりが訪れる。
タレントショップの衰退で、嵐山は深刻な客離れに直面したのだ。

明治時代から120年以上の歴史を誇る寝具店「プラッツ」の五代目・加藤さんは、当時をこう振り返る。

プラッツ・加藤就一さん:いまでは考えられないですけど、嵐山に100人ぐらいしか歩いてなかったです。静かどころか、フリーズしたような状態。

その復活の鍵は廃線になった線路にあった。

かつてSLが走っていた旧山陰線の川沿いルートを「こんなに景色がいいのに列車を走らせないのはもったいない!」と地元住民たちが廃線の再利用を訴えた。

そんな熱い声から1990年に嵯峨野トロッコ列車が誕生。

いまでは年間約120万人が乗車する、嵐山で外せない観光スポットへと成長している。

復活の鍵は廃線になった線路
復活の鍵は廃線になった線路

■嵐山の景観を守り続ける地元の人たちの思い

いま、地元の人たちには新たな悩みがあるという。

全国どこにでもあるような食べ歩きの店が嵐山にも押し寄せてきているのだ。

いしかわ竹乃店・石川恵介さん:だから今、新しいお店来られるときにはお願いしてるんですよ。看板には『地名を入れないでください』。鎌倉プリンとか沖縄アイスとか、そういうのを出しちゃうと嵐山じゃなくてもいい。

権限がないなかで「お願いするしかない」と語る石川さんの姿に、嵐山の景観を守り抜こうとする地元の人たちの静かな覚悟がにじむ。

大東駿介さん:お客さんの出入りが激しいところを守り抜くって本当に難しい。嵐山の方が嵐山の魅力を大切に丁寧に守ってきた。トロッコ列車も、嵐山の人が守り抜いた結果なんだなっていう発見でした。

(関西テレビ「newsランナー 大東駿介の発見!てくてく学」2026年6月25日放送)

地元住民の新たな悩み
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関西テレビ
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