不安定な世界情勢の中、「平和」について考えます。
被爆2世として初めて日本被団協の代表理事を務めた松江市の本間恵美子さん、この度、2年間の任期を終えました。
被爆の実相を後世につなぐため、決意を新たにしています。

本間恵美子さん:
よろしくお願いします。

本間恵美子さん(76)、母親が広島で被爆した「被爆2世」です。
現在は松江市に住み、島根県内の被爆者などでつくる県原爆被爆者協議会の会長を務めています。

本間恵美子さん:
2世で初めての代表理事ということで、被団協も初めてなので多少は抵抗があったかとは思うが、皆さん受け入れてくれてすごく良い勉強をさせてもらった。

本間さんは被爆2世として初めて、全国の被爆者らでつくる日本被団協の中国地区の代表理事を2年間務め、任期を終えました。

櫃田優果記者:
2年間を振り返って印象的だったことは?

本間恵美子さん:
それはなんといっても(日本被団協の)ノーベル平和賞の受賞。私は3人で(ノルウェー)オスロの大学に行かせてもらった。

日本被団協は2024年、ノーベル平和賞を受賞。
本間さんも「授賞式」に出席するため、ノルウェーの首都・オスロを訪れました。
そして、現地の大学で講演し、学生たちに母・淳さんが被爆体験をほとんど語らなかったことなど、被爆2世としての思いを率直に話したといいます。

本間恵美子さん:
お話をして通じるのかなと思ったが、(話をしたことを)とても喜んでもらえて、逆に私の方が被爆体験がない2世でも『伝えられる』ということを感じた。

また、2025年にフランスで開かれた平和団体が主催するイベントにも参加、ここでも体験や思いを話したことで、被爆の実相を伝えていくうえで被爆2世にも大きな役割があるという思いが一層強まったといいます。

本間恵美子さん:
最初はとても不安でした。(被爆)体験がないのに話をしてもどうかと思ったが、被爆者の思いを1人でも元気なうちはつないでいかなくてはいけない。

一方、日本被団協を巡っては、組織の存続を巡る議論も起きています。

本間恵美子さん:
ノーベル平和賞をもらった団体を簡単に潰すわけにはいかない。私のように(被爆)2世として参加することから個人的には少しずつ緩やかにバトンタッチしていけばいいと思うが、そうではないという意見もある。

原爆投下から80年余りが経過し、直接体験した人が年々少なくなる中、団体の内部では、将来の解散も選択肢に今後の組織の在り方について議論が始まっています。
山陰両県の地方組織は今後も活動を継続する方針ですが、生存する被爆者は2026年3月の時点で島根県が349人、鳥取県が106人にまで減少。
平均年齢も島根県では91.96歳と高齢化が進んでいて、被爆の記憶の継承は待ったなしの状況です。

原爆投下から81年を迎える今、世界情勢は不安定さを増し、核の脅威が高まっています。
本間さんは、被爆の記憶を後世に伝える立場から改めて警鐘を鳴らします。

本間恵美子さん:
核はもう80年にはなるが、実際に使われてこなかった。寸前までのいっても時の権力者のもとで考え直してもらえた今は本当に分からない。とにかく(核を)使わないということを大きな声で訴えていかなくては。戦争にならないように、全ての国の政治家をはじめ、トップは頑張っていかなければならない。

日本被団協では今回4人の代表理事が交代しましたが、このうち被爆2世の代表理事が1人選ばれるなど記憶の継承に向けた動きもあります。
不安定な世界情勢で、核威嚇が公然と行われる中、唯一の被爆国である日本の姿勢も、今一度問われています。

TSKさんいん中央テレビ
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