人口の3割を65歳以上の高齢者が占める日本。
高齢化社会での労働力の確保も課題となっています。

そんな中、認知症患者が働く飲食店があります。

その名も「ばあちゃん喫茶」。
立ち上がったきっかけは、「毎日とんかつを揚げ続けてしまう」という、一人のおばあちゃんのエピソードでした。

サクッと揚がったとんかつに舌鼓をうつお客さん。
ここは、おばあちゃんたちが調理・接客をしてくれる、その名も「ばあちゃん喫茶」。

テキパキと料理を作る5人のおばあちゃんたち、全員が認知症患者です。

介護スタッフ:
1分記憶力がない方もいらっしゃるのが実情なので。

メニューは1種類、「とんかつ」のみ。
人気店となった背景には、おばあちゃんの認知症の「症状」を逆手にとったアイデアがありました。

85歳の谷口正子さんは、3年ほど前から介護施設に通っています。

朝の健康チェックが済むと、お出掛けの準備を始めるおばあちゃんたち。
向かった先は、介護施設から10分ほどの場所にある「ばあちゃん喫茶」です。

ここで働く女性5人の平均年齢は85.4歳。
早速、エプロンを着けて準備に取りかかります。

この店でとんかつを揚げるのが正子さんの仕事。

なごみの家しかた 介護福祉士・宮嵜みちよさん:
仕込みをしていきましょうかね。じゃあ谷口さん、今日はたくさんあります。よろしくお願いします。

分厚い豚肉をテンポ良くたたいて柔らかくしていき、ほかのおばあちゃんたちも、付け合わせのキャベツや味噌汁の具材などを慣れた手つきで切っていきます。

実は、このとんかつが看板メニューとなったのは、正子さんの認知症がきっかけだったのです。

この日、初めて来店したのは正子さんの息子・泰浩さん(62)。

泰浩さん:
家で一人でじっとしているよりは、何かやってる方が良いんでしょうね。

以前は食堂で調理の仕事をしていたという正子さん。

しかし6年ほど前、認知症を発症。
すると、得意のはずの料理に変化が…。

泰浩さん:
週に4、5日とんかつ(食卓に)並んでるみたいな。「これ昨日食べたやんね?」って言っても、「あ、そうやったかね」みたいな。

泰浩さんのことを食べ盛りの中高生だと思ったのか、毎日の献立からバリエーションが消え、とんかつばかり揚げ続けた正子さん。

そんなエピソードを聞いた介護施設は、それならば逆手に取って「とんかつしか出さない」店をはじめようと、「ばあちゃん喫茶」が立ち上がったのです。

一方で、泰浩さんは、こんな心配が…。

泰浩さん:
作り方を書けと言っても書けないと思いますよ。何を使って、どのタイミングでどうしていくのか、それで人様に出せるものが作れるのでしょうか。

しかし、その心配も1年前に店がオープンすると無用に。
スタッフのサポートもあり、「いつもの味」が店で出せるようになったのです。

おばあちゃんたちの体調を考慮し、この店は毎週木曜日のみの営業。
正子さんのとんかつの味は評判となり、開店と同時に、あっという間に満席になりました。

なごみの家しかた 介護福祉士・宮嵜みちよさん:
続きまして、もう2枚お願いします。

カラッと揚がった母のとんかつが泰浩さんのもとへ。

石橋信子さん(82):
こんにちは。すみません、お待たせしました。

泰浩さん:
いいえ、ありがとうございます。うまいですね。

息子の表情に、正子さんもどこか誇らしげです。

泰浩さん:
家だと(長い時間)揚げすぎる。(スタッフの)フォローがちゃんとあるんで。

なごみの家しかた 介護福祉士・宮嵜みちよさん:
大して何もしてないんですけど、谷口さんのタイミングで入れて。揚げるわよって声かけられるだけで。

泰浩さん:
それは見といてねって意味ですね。

以前は、食堂を開くのが夢だったという正子さん。
その確かな腕前は、お客さんの心もおなかも満たします。

来店客は「めちゃめちゃおいしい。愛情いっぱい」「めっちゃうまかった」「めちゃくちゃおいしいです。お肉柔らかくて」などと話します。

人工の3割が65歳以上の日本。
2070年には平均寿命が5年程度伸びることも見込まれる中、現在九州に4店舗、さらに2026年度には全国に50店舗展開する予定など、広がりを見せている「ばあちゃん喫茶」。

企画した大熊代表は、高齢者が社会と関わることで、認知症の症状を抑える効果も期待されると話します。

うきはの宝・大熊充代表:
おじいちゃん、おばあちゃんたち高齢者が、生きがいとか役割失ってすることがないって結構もう社会問題なんですよ。やっぱり認知症の方とか介護受けている方でも、社会に参加する場所があった方が絶対にいいです。

息子の泰浩さんによると、記憶が持続する時間がだんだんと短くなっているという正子さん。
だからこそ“今”を大切にしてほしいと願っています。

泰浩さん:
「きょう、ばあちゃん喫茶に行ってきたっちゃろう」って帰って聞くじゃないですか。「あ、忘れとった」みたいな、そういうもんですよ。今が楽しければいいんじゃないですかね。楽しいのかな。楽しいんでしょうね、本人は。

毎日とんかつを揚げてしまう「症状」から始まった「ばあちゃん喫茶」。
ここでは、食べる側にも作る側にも、笑顔が広がっています。