「藤の花が咲いているというのは、管理されていない証拠なんです」—美しい紫の花房を見て思わず「きれい!」と声を上げたくなるような光景が、実は能登の里山が危機にあるサインだとしたら。世界農業遺産にも認定された奥能登の里山で今、人の手が入らなくなった森を再び取り戻そうとする動きが広がっている。さらに金沢市では創業120年の老舗木材店が、能登の希少な県木「能登ヒバ」から30種類以上の楽器を作るという異色のプロジェクトを進めている。能登の森の価値を高め、復興へとつなげようとする人たちの取り組みを追った。

「藤の花はきれいじゃない」——美しさの裏に潜む里山の危機

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春、奥能登の里山には藤の花が咲き誇る。薄紫の花房が風に揺れる様子は確かに美しく、思わず足を止めてしまう光景だ。しかし地元の人にとっては、藤の花が咲き乱れる光景をむしろ「異変のサイン」として受け止めてきた。

「あれはほんと、里山が里山じゃなくなってる証拠っていうふうに、あのあたりのおじいちゃんたちは言っている」
藤のつるは木の幹に巻き付き、締め付けた跡を残して木材としての価値を損なう。さらに周囲の木にも巻き付いていくため、伐採も難しくなる。かつて里山に入る人たちには、つる植物を見つけたら切るという暗黙のルールがあった。自分の山以外でも見つけ次第切り、「みんなでつるの生えないきれいな木が育てられる山を作ろう」という意識が地域全体で共有されていたのだ。

しかし時代とともに林業に携わる人は減り、里山に入る人の姿も見えなくなった。人の手が入らなくなった森は荒れ、大雨のたびに土砂崩れが起きる原因ともなっている。輪島市の面積のおよそ8割を占める森。その管理が行き届かなくなった現実が、藤の花という「美しい異変」として現れているのである。

「道を作れば、何かできる」——のと復耕ラボが描く里山再生

能登半島地震以降、輪島市を拠点に復興支援を続けてきた「のと復耕ラボ」。古材レスキューをはじめ様々な活動に取り組んできたこの団体が今、新たなプロジェクトに動き出している。
「とりあえず道を作れば、何かできるんじゃないかと思って」
代表の山本亮さんはそう語り、里山の所有者と交渉しながら約3ヘクタールの土地の整備を進めている。

重機を使って少しずつ道をつけ、山に入って木材を剪定したり間引いたりする——いわゆる「自伐型林業」の手法を取り入れながら、昔ながらの里山の暮らしを少しずつ取り戻そうとしている。

整備した土地は子どもの遊び場として開放するほか、企業向けの研修や森づくりの勉強会の場としても活用する計画だ。さらに来年からは宿を再開させ、森のツーリズムとしても展開していく予定だという。

「企業さんの研修とか、森づくりの勉強会とか。来年から宿を再開する予定なので、ツーリズムとしても使えたりする。森全体を使って、その価値を上げていくことができたらいいなと思っています」

山本さんが里山再生にこだわるのは、見た目の美しさだけが理由ではない。里山を守ることは土砂崩れの防止につながるだけでなく、栄養豊富な土壌から流れ出た水が海に届き、魚を育てることにもつながる——能登の里山と海は、そうした循環のなかで一体となって生きてきた。「そんな暮らしが少しずつでもできていけばいいなと思っている」という言葉には、復興への地道な確信が滲んでいる。

創業120年の木材店が仕掛ける「能登ヒバ楽器」プロジェクト

金沢市に構える老舗木材店「フルタニランバー」
創業1904年のこの会社は120年以上にわたって木材一筋で歩んできた。学校の体育館で使われる跳び箱や平均台の木材まで手がける。

そんな会社が今、力を入れているのが「能登ヒバ楽器プロジェクト」だ。案内された倉庫の一角には、ドラム、ギター、ベース、カスタネット、木琴……30種類以上もの楽器がずらりと並んでいた。しかも、それらすべてが石川県の県木「能登ヒバ」を使って作られたものだという。

「世界中にはいろんな木があるけど、その中でも能登ヒバという木はここにあって、とても好きなんです」こう話すのは、フルタニランバーの古谷隆明社長。

実際に能登ヒバの材木を手に取ってみると、ずっしりとした重みと同時に、独特の清々しい香りが漂ってくる。古谷社長によれば、「まずそれが一番最初に出てくる特徴」だという。

能登ヒバは石川県の県木に指定されており、実は私たちの暮らしに意外と近いところで使われている。県立図書館の本棚、そして金沢城の鼠多門橋の橋板はすべて能登ヒバで作られている。

鼠多門橋
鼠多門橋

30種類以上の楽器、著名アーティストも注目

古谷社長は「能登ヒバを新しくブランド化しようと思って、音響の部分——音がいいというのを見出していこうと思って、楽器作りをやっています」と話す。

楽器は木でできているものが多い。ドラムもギターもベースも、素材の性質が音に直結する。木の種類が変われば、音もまったく変わってくる。能登ヒバの音響特性に着目したこの会社は、和太鼓の製造で知られる石川県の「浅野太鼓」とも協力し、太鼓も製作、バチも能登ヒバ製だ。

さらに能登ヒバの楽器を通して能登を応援する。そんなプロジェクトには著名なアーティストが賛同している。

ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」のボーカル・ギター、後藤正文さんもその一人。結成30周年を迎えた今年、東京で開催された記念ライブでは、能登ヒバを使った特注ギターが舞台に立った。

特注ギターの表面に使われた欅は、古材レスキューで助けられた住宅の縁側が使われている。震災で解体された能登の住宅から救い出された古材が、一流アーティストのライブステージで音楽として鳴り響いた——そこには単なる「楽器」を超えた、能登への思いが込められているのだ。展示されていたギターには、後藤さんのサインが刻まれていた。

楽器が伝える森の記憶

楽器に触れることで、能登の森に興味を持つ人が増えてほしい——古谷さんは語る。
「木のことを知ってもらうってことはとっても重要で、楽器とかを通じてみなさんに知ってもらって、ちょっと森に興味を持ったりとか、木に興味を持ったりっていうことがとっても大事なので、こういう活動を続けています」

楽器のほかにも、能登ヒバを使ったアロマやおもちゃ、カプセルトイなども製作している。香り、音、手触り——五感を通じて能登ヒバの魅力を伝えながら、木や森への関心を育てようとしているのだ。

輪島市の面積のおよそ8割を占める森。かつて能登の人々は、近くの山から自分で木を切り出して家を建て、その木材で暮らしを作り上げてきた。一枚板など今では手に入りにくい、あるいは非常に高価なものが、かつての能登の住宅には当たり前のように使われていた。里山の暮らしは能登の人々にとって「切っても切れないもの」だったのだ。

地震と大雨で傷ついた能登。人が山に入り、木と向き合い、森を守り育てていく——そのサイクルが再び動き出したとき、能登は「能登らしい復興」を果たしたといえるのかもしれない。

(石川テレビ)

石川テレビ
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