「私は最初の女性副大統領かもしれませんが最後ではありません。なぜならすべての小さな女の子たちは今晩の様子を見て、この国が可能性の国であることを知るからです」
次期米副大統領に当選確実となった現地7日夜、カマラ・ハリス氏は女性初の副大統領になることに触れこう語った。米社会でも分厚い「ガラスの天井」を破るのは容易ではない。
この記事の画像(6枚)ましてや日本では「ガラスの天井」は至る所にあり、革新的な科学技術分野でさえ存在する。「ポストコロナの学びのニューノーマル」第20回では、IT分野のジェンダーギャップ(男女格差)を無くそうと女子中高生の教育に取り組んでいる起業家を取材した。
日本の男女格差は過去最悪を更新中
日本社会の男女格差は広がるばかりだ。昨年12月に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数で、日本は153カ国中121位と過去最低の順位を更新した。分野別では経済が115位、政治は144位で前年よりさらに順位を落としている。
教育分野は識字率が1位なのにもかかわらず91位だ。その理由の1つが女子の理系就学率の低さにあると指摘する声もある。そしてこれが日本のIT分野の人材不足を招き、経済成長のブレーキになっている。
10代の女子が理系に進まない理由とは
「10代の頃から女の子は理数系に興味を失うとよく言われますが、本人の意思の問題ではなくて社会構造や環境のせいだと思いますね」
こう語るのは一般社団法人Waffle(以下ワッフル)のCEO田中沙弥果さんだ。
ワッフルでは女子中高生に特化したプログラミングやコーディングのオンライン教育を行っている。
田中さんがワッフルを起業するきっかけとなったのは、以前勤めた教育NPOの経験だ。
「以前は学校でプログラミング教育を行うNPOで働いていましたが、小学校の時はあんなに楽しそうにプログラミングをしていた女の子たちが、中学になるとプログラミングのコンテストでほとんど姿を見せなくなるんです。これはなぜだろうと思い始めたのがきっかけでした」
IT分野の労働市場にほとんどいない女性
こうした状況を変えていきたいと考えた田中さんは、副業として女子高生が参加するプログラミングイベントを始めた。その時ツイッターで連絡してきたのが、のちにワッフルの共同創設者となる斎藤明日美さんだ。斎藤さんは当時アリゾナ大学院を卒業して、東京都内のI T企業で働いていた。
それまで会ったことも無かった田中さんに連絡を取った理由を、斎藤さんはこう語る。
「その頃私はIT系のスタートアップ企業で働いたんですけど、データサイエンティストを採用すると希望者がすべて男性でした。エンジニアもそうですがIT分野の労働市場には女性がほとんどいないことに気がついて、田中さんがやっていた女子中高生を対象にしたイベントはすごく大切だなって思って連絡しました」
娘に理系進学を進めない日本の親たち
こうして意気投合した2人は2019年11月にワッフルを設立した。そこで2人は女の子が中学生になるとプログラミングから離れていく理由の1つは家庭環境にあると知った。田中さんはこう語る。
「国際学力調査PISAにも書かれていましたが、日本の親は息子の理系進学は応援しますが、娘にはあまり薦めません。ワッフルのイベントに参加している女の子でも、親から『あなたは女の子だから、文系に行けばいいじゃない』とか、データサイエンティスト志望の女の子が親から『よくわからないから他の仕事についてほしい』と言われたりしています。そうやって応援されないので、女の子は自分が興味のある分野を選択するのを諦めがちなのですね」
斎藤さんもこう語る。
「理数系に興味のある女の子でも英語が得意だったりすると、親から『あなたは英語が出来るから文系に行ったらいいんじゃない?』と言われたりします。もし理系に進学すると決めても、親は『薬剤師か看護師になれば?』となるんですね」
ちなみに田中さんは理系だが、やはり親から「食いっぱぐれが無いように」と薬剤師になることを勧められたという。
中学高校の女子にロールモデルがいない
また中学・高校の教育環境も女の子の理系離れを加速する理由だった。
「学校の理系の先生は男性が多いため、女の子には同性の身近なロールモデルがほとんどいません。だから理系に進むとどういう人がいて、どういう仕事があるのかが見えないのです」(田中さん)
これまで2人が手掛けてきたコーディングクラスやイベントなどに参加してきた女子中高生はのべ約1千人だという。この中には既に大学に進学した女の子もいる。
「筑波大学で障がい者の研究にITを活用する子や、慶應大学に文系で入学したのにプログラミングをやりたいとIT企業で働いている子もいます。いま高校3年生の子は社会課題をテクノロジーで解決しようとしています。彼女は自分がジェンダーバイアスにかかっていたと気付いて、いま数学オリンピックに出たりしています」(田中さん)
IT分野のジェンダーギャップを無くす
「ワッフルの実現したいビジョンとは何か?」と尋ねると、田中さんはこう答えた。
「女性の可能性を解き放つことが最も大事で、解き放たれた女性たちと一緒に社会を変えていきたいと思っています。ジェンダーバイアスやステレオタイプをいったん除いた社会を私たちが提供して、5年、10年後にその子たちが社会を変えていくようなビジョンを描いています」
また、斎藤さんはこう語る。
「なぜIT分野に女性が必要かというと、ITがこれからの社会基盤を作るからで、異なるジェンダー間で不平等や不利益が起きてはいけないと思っています。“アレクサ”の声は女性ですが、これによって『女性は命令しやすい』、『女性はサポートする役割だ』というバイアスが出来てしまいます。こうした“結びつき”はプロダクト開発者の中に、ジェンダーに対する偏見が無意識にあることで生まれます。IT分野の作り手は多様でなければいけないから、私たちはここにいるんですね」
「ガラスの天井」がイノベーションを阻む
日本には国にも分厚い「ガラスの天井」がある。
ワッフルでは政府に女性の社会参画に関して提言する機会を得たが、田中さんは「あらためて気付いたのは、科学技術の女性参画は国にとって最重要項目ではないということでした」という。
斎藤さんは他国の例を挙げてこう強調する。
「オーストラリアでは経済官庁が、女子のSTEM教育に力を入れています。これは国がイノベーションを促進するためですが、こうした取り組みは日本の将来にとっても必要だと思います」
IT分野のジェンダーギャップ解消は、イノベーションにとって一丁目一番地なのだ。
日本の女子がITで「ガラスの天井」を破る
これまで田中さんは女子中高生限定の国際アプリコンテスト「Technovation Girls(=テクノベーション・ガールズ)」に、日本チームが出場できるよう支援をしていた。
2021年度は例年の10倍となる20チームを支援する予定だ。
「女子中高生がビジネス視点からITを駆使して社会を変える。そうしたロールモデルを多く輩出したいです。今年は全てオンラインで開催予定なので、全国各地のリーダーシップを発揮したい子に参加してほしいですね」(田中さん)
2人の「ガラスの天井」を打ち破る挑戦は、まだ始まったばかりだ。
前述のカマラ・ハリス氏の演説はこう続く。
「この国の子どもたち、あなたの性別が何であろうと、私たちの国はあなたたちにはっきりとこう伝えたのです。大志を持って夢を見よう。確信を持って先導しよう。他の人が考えたこともない自分の姿を思い描こう。そして私たちはあなたを讃え続けるのだと知ってほしい」
日本でジェンダーギャップに挑む女の子たちに、筆者はこの言葉を贈りたい。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】