石川テレビの食のキャンペーン『HUBEAT』アンバサダーの彦摩呂さんが、輪島市の観光名所・白米千枚田で米作りプロジェクトに挑んだ。昔ながらの手作業による田植えを体験し、「お米食べるとき思い出すね。ありがたみが分かるよ」と食への想いをあらためて語った。田植えを終えたあとには、能登半島地震と奥能登豪雨という2度の大きな災害を乗り越えて先月再開した「やぶ新橋店」を訪問。能登で獲れた旬の魚がぎっしり詰まった海鮮丼を前に、彦摩呂さん定番の「能登の宝石箱やー」が久しぶりに飛び出した。
3年ぶりに復活 オーナー制度と千枚田の今

輪島市の白米千枚田は、その名の通り全部で1004枚の棚田が海沿いに広がる絶景スポットである。水が張られた棚田が光を反射し、海と空とが一体になるような壮大な眺めは、訪れる者を圧倒する。

しかし、この美しい景観は能登半島地震とその後の奥能登豪雨によって深刻な被害を受けた。倒壊や土砂崩れで多くの棚田が使えなくなり、地元の人々は1枚1枚を丁寧に修復する作業を続けてきた。1年目に修復できたのは120枚、2年目が240枚、そして今年は480枚まで田植えができるようになったという。

こうした復興の歩みの中で、今年は3年ぶりにオーナー制度が復活。全国から会員などおよそ100人が田植えに参加した。石川テレビの稲垣アナウンサーもその会員の一人として一足先に田植えを経験しており、今回は「ちょっとだけ田植えの先輩」として彦摩呂さんをサポートする役割を担った。
題して「千枚田でてんてこ舞い 彦摩呂の米作りプロジェクト」
彦摩呂さんが担当する田んぼは、玄米で20キロほど取れる大きさだ。田植えの指導役は、千枚田愛耕会の白尾友一会長が務めた。

田植えの基本は3本植え。稲垣アナが「3本持って、こういう感じでちょっと押さえて、ただ押し込むだけじゃ浮いちゃうので、指でこう埋め込むように」と手ほどきすると、彦摩呂さんは「ほー」と興味深そうに聞き入った。


しかし実際に棚田の中に足を踏み入れると、泥の柔らかさに「体重も分かるけどすごい沈むね」と驚きの声を上げた。もともと膝に不安を抱えていることもあり、作業は一筋縄ではいかなかった。

3本の苗を泥の中に植え込み、指で土を戻す動作を繰り返しながら、「よいしょ、よいしょ」と汗をかいた彦摩呂さん。


数株を植えたところで一度棚田から引き上げ、今回は稲垣アナとマネジャーの脇田さんに「彦米」の田植えを委ねることになった。


地元の愛耕会メンバーが助っ人に あっという間に田植え完了
稲垣アナとマネージャーの2人が田植えを続けるものの、素人2人では時間がかかる。そこへ会長が地元の愛耕会メンバーを呼んでくれた。

人数が増えたことも大きかったが、何より圧倒されたのはその作業スピードの速さだった。稲垣アナが「なんで皆さんこんな速いんですか」と驚くほど、手際よく苗が植えられていく。幼いころから手植えで田植えをしてきた地元の方々の技術は、素人2人とは比べものにならなかった。

こうして地元の皆さんの力を借りながら、田植えはあっという間に完了した。
田んぼから上がった彦摩呂さんは、体験を振り返ってこう話した。「こうやって丁寧に丁寧に植える、ここから始まるんだ、あのご飯はって。改めて体験することで実感しましたね。」さらに千枚田ならではの環境についても、「小川から山からの水が流れてきてるっていうね、おいしいご飯ができるっていうその環境がここの良さ」と語った。

実は彦摩呂さん、長年さまざまなロケを経験してきたが、手で田植えをするロケは今回が初めてだったそうだ。

還暦の節目に稲刈りを 「最高の人生の実り」
白尾会長によると、稲刈りの時期はだいたい9月の頭ごろになるという。この言葉を聞いた彦摩呂さんの顔がぱっと輝いた。「私、9月15日で還暦になります。」
その節目の年に白米千枚田で田植えをして、稲刈りを体験できるとは——「最高の人生の実りです」という言葉には、思わず胸が熱くなる。

稲刈りへの参加を快諾した彦摩呂さんだが、「来てはいただけるんですけど、やっていただけるかどうかはまったです」と笑わせることも忘れない。会長も「来ていただけるだけでいいので」と温かく受け止め、会場に笑いが広がった。

田んぼはこのあと、農薬をほとんど使わない栽培が続く。雑草が生えやすくなるため、田んぼの中に入っての草取り作業や草刈りが続き、秋の稲刈りまでさまざまな作業が待ち受けている。彦摩呂さんの「彦米」がどんなお米に育つのか、今から楽しみだ。

2度の災害を乗り越えた「やぶ新橋店」が先月ついに再開
田植えを終えてお腹を空かせた彦摩呂さんが向かったのは、輪島市民に半世紀にわたって愛されてきた「やぶ新橋店」だ。白尾会長がすすめてくれたこの店は、つい先月2025年5月1日に営業を再開したばかりである。

やぶ新橋店は、能登半島地震で大きな被害を受けたものの、設備を新調して2024年4月に一度営業を再開していた。しかし再開からわずか約5カ月後の9月に奥能登豪雨が発生。近くの川が氾濫して店内に濁流が押し寄せ、再び休業を余儀なくされた。能登半島地震と奥能登豪雨という2つの大きな災害をくぐり抜け、ようやく「再再開」を果たしたのである。

木村隆明店長は復活を決めた理由をこう話す。「輪島市民の皆さんが待っとるよって後押ししてくれたことと、たくさんのボランティアさんに助けていただいて、再開したら食べに来るよっていうその言葉が気持ちを後押ししてくれた」。地域の人々の思いが、店を再び立ち上がらせた。

「能登の宝石箱やー」 久々に解禁された名セリフ
今回、彦摩呂さんに味わっていただいたのは、能登で獲れた旬のお魚がぎっしり詰まった海鮮丼だ。目の前に置かれた丼を見た瞬間、彦摩呂さんは「久々に言っていいですか」と前置きして、あの名ゼリフを放った。

「うわー、能登の宝石箱やー!」

丼の中には、能登産のヒラマサ、ソイバチメ、アジ、そして輪島のフグを昆布締めにしたものなど、旬の魚がふんだんに盛り込まれていた。

フグの昆布締めをひと口食べた彦摩呂さんは「歯ごたえ。うわー、噛んだときにこのうまみがぐわーっとやっぱり出ますね」と表情をほころばせた。

彦摩呂さん「フグはもともとタンパクであっさりした味わいだが、昆布締めにすることでグルタミン酸やイノシン酸が引き出され、うまみが格段に増す『味のNISAや!』と彦摩呂さん語録も飛び出した。

炙ることで香ばしさとうまみが融合 フグの炙り丼
稲垣アナは今回、フグをたっぷり乗せ、さらに表面だけを丁寧に炙った「輪島ふぐ炙り丼」を注文した。横から見てもわかる肉厚の炙り身が丼の上に並び、彦摩呂さんも「ほんとですよね、ぷっくりぷくぷくや」と感嘆した。

炙ることで加わる香ばしさが、もともとのうまみと重なり合う。「肉厚だからうまみが吹き出る」という言葉通り、素材の質の高さがそのまま皿の上に表れた一品だ。

輪島は日本有数のフグの水揚げ量を誇る地域であり、フグは能登を代表する海の幸のひとつである。しかし全国的にはまだ広く知られていないという側面もある。彦摩呂さんも「この食で応援できるっていうのは私のジャンルなんで、いつも盛り上げたいと思いますんで」と話し、能登の食文化を発信し続ける意欲を見せた。

秋の稲刈りへ向けて 能登の復興とともに歩む
田植えから稲刈りまでを通じて米作りの一連の流れを体験するこのプロジェクトは、単なる農業体験にとどまらない意味を持つ。能登半島地震と奥能登豪雨によって打撃を受けた能登の地で、棚田を守り続けてきた人々の営みに触れ、食の原点に立ち返る機会でもある。

白米千枚田の愛耕会メンバーが手際よく苗を植え込む姿、2度の災害を乗り越えてもう一度のれんを掲げたやぶ新橋店の木村店長の言葉、そして地元の人々の「また来るよ」という声——これらすべてが、能登という土地のたくましさと温かさを物語っている。

彦摩呂さんが還暦の節目を迎える9月15日前後に稲刈りが予定されている。「彦米」が実る秋、白米千枚田でどんな光景が広がるのか。米作りプロジェクトはまだ始まったばかりだ。

(石川テレビ)
