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光熱費削減だけでは、ZEB*1化・省エネ化がもたらす価値は測りきれない。建物の脱炭素化は、本当に“コスト”なのか。それとも、企業と社会に価値をもたらす“投資”なのか──。

*1 Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称で、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のこと


オフィスビル、庁舎、工場、研修施設。私たちが日々を過ごす非住宅建築物で消費されるエネルギーは、日本のエネルギー起源CO₂排出量の約18%(「業務その他部門」)と、非常に大きな比率を占める。地球温暖化対策計画では、同部門について2030年度までに2013年度比で51%削減する目標が掲げられ、2030年以降に新築される建築物は、ZEB水準の省エネ性能を確保することを目指すとされている。


一方で、ZEB化・省エネ化の普及にはなお課題がある。高性能な設計仕様や設備を導入するには初期投資が増えるため、光熱費削減だけで費用対効果を説明しようとすると、投資回収に長い年月がかかるように見えるケースも少なくない。


数年前からこの課題意識を共有してきたデロイト トーマツ グループと株式会社NTTファシリティーズは、2023年4月から、省エネ建築物がもたらす光熱費削減以外の効果を定量評価する手法の開発に本格的に取り組んできた。それが「NEBs(Non-Energy Benefits/省エネ建築物の副次的効果)」である。光熱費削減という一次効果に閉じず、健康増進、知的生産性の向上、人材確保・定着、BCP・リスク回避、企業評価の向上などZEB化・省エネ化がもたらす12の副次的価値を貨幣換算して可視化する仕組みだ。プロジェクトをリードする3名──デロイト トーマツ グループの須永優一、國崎真奈、NTTファシリティーズの榎木靖倫氏に、その狙いと描く未来を聞いた。

「そこまでしないといけないのか」──ZEB普及を阻む投資判断の壁

「ご提案して、お客様に『良い計画だね』と言っていただける。ところが、コスト試算をお見せした瞬間に空気が変わるんです」。設計者として省エネ建築に携わった経験を経て、現在NTTファシリティーズで本取り組みを牽引する榎木氏は、ZEB提案の現場で繰り返し直面してきた“壁”をそう振り返る。


反応は「高い」というより「そこまでしないといけないのか」に近かった、と榎木氏は語る。


「『省エネ法は守っていますから、それで十分ですよ』という反応で議論が止まることがあったんです。総合的な施策によりZEB化すれば、社員の働きやすさも、災害時の備えも、企業のブランディングも変わってくる。そういう価値があるはずなのに、提案の段階で定量的に示せない。設計者、施工事業者、オーナーで合意形成するには時間を要する。これがZEB普及に向けた業界共通の課題だったと感じています」


株式会社NTTファシリティーズ ファシリティソリューション本部長 榎木 靖倫氏。

1994年NTTファシリティーズに入社。以来、建築PM・設計・開発CRE(Corporate Real Estate)プロジェクトを数多く経験。建築物省エネのZEB設計にも早くから取り組み、2014年環境設備デザイン賞優秀賞、2018年第7回サステナブル建築賞を受賞。建築計画、事業計画にわたる幅広い知識と経験を有しており、現在はファシリティ領域における社会課題の解決をめざしたFM事業を推進・統括。一級建築士。


須永はマクロな視点で当時を捉え直す。

「世界的にGXのうねりがあって、日本もやろうということにはなっている。ただ、現場で説明する側はいつも難しさを抱えていました。指標がないから議論ができない、議論ができないから普及しない。その悪循環を、どこかで断たなければならなかったんです」

建物価値は、オーナーの外側にも広がっている

構想の出発点は、カーボンニュートラル宣言以前にさかのぼる。日本がカーボンニュートラルを国家目標として宣言する以前から、NTTファシリティーズはこの問題に向き合い始めていた。榎木氏はデロイト トーマツとの対話で決定的な気づきを得たと打ち明ける。


「当時の私たちは、『投資するオーナー』という需要側の課題しか見ていなかったんです。そこで、デロイト トーマツさんとの対話の中で『この建物が持つ価値は、もっと外側にも広がっているのではないですか』というご示唆をいただいた。本当にハッとしました。そこで働く人、利用する人、地域社会、投資家、金融機関──さまざまなステークホルダーに価値が広がっている。発想が一段広がった瞬間でした」


パートナーの選定に際しては、デロイト トーマツ グループのコンサルティングサービスが選ばれた。決め手は、個社支援にとどまらず業界全体に働きかけられるケイパビリティだった。デロイト トーマツは脱炭素・気候変動領域に加え、人的資本、ウェルビーイング、不動産、ファイナンスといった社内に多様な専門知見を有する。さらに、官公庁との事業実績が豊富で、政策との接続点をデザインできる。NTTファシリティーズが描く「建物の総合的価値の可視化」を社会インフラとして広げる触媒たり得るパートナー像と、ぴたりと重なった。


「私たちは普段、官公庁、民間企業それぞれの課題感を業務を通じて立体的に把握しています。エネルギー、人材、不動産、ファイナンスといった別々に語られがちな論点を、一つの建物という器の上で統合できる。その点が、今回特に強みとして活きました」と須永は語る。


合同会社デロイト トーマツ Strategy & Transformation PML Sustainability Unit シニアマネジャー 須永 優一。サステナビリティ領域における政策立案・実行支援から企業の戦略立案を広く手掛ける。

5カテゴリ・12指標で、建物の“見えなかった価値”を測る

NEBsは、建物がもたらす光熱費削減以外の副次的・間接的・相乗的なベネフィットを5つのカテゴリ・12の指標に整理し、それぞれを貨幣価値に置き換えて積み上げる仕組みだ。國崎は概要をこう説明する。


「建物の効果のうち、これまで定量化されてきたのは光熱費削減という一次効果だけでした。それ以外の価値を、投資判断に組み込める形で体系的に整理したのがNEBsです」

12項目は次のように整理されている。


・経費削減:①メンテナンス費削減

・事業への貢献:②BCP・リスク回避/③広告宣伝

・社会的責任の遂行:④地域貢献・ブランディング/⑤炭素排出量削減

・企業価値の向上:⑥企業評価の向上/⑦資金調達/⑧不動産収益の向上

・人材価値の向上:⑨人材確保・定着/⑩社内啓発/⑪健康増進/⑫知的生産性の向上


特に経営判断に効くのはどの指標なのか。「やはり『人』に関わる項目です」と榎木氏は手応えを語る。


「家賃として動くお金よりも、人件費として企業内で動くお金のほうが圧倒的に大きい。だから健康増進や知的生産性、人材確保・定着といった指標が経営者の関心を引きやすい。CO₂削減量よりも、採用に効果がある、若い社員が定着するといった話のほうが伝わりやすいんです」


デロイト トーマツ側は国内外の既存調査・文献を体系的に整理し、各指標の妥当性を検証した。NTTファシリティーズは、設計者として「この空間設計が、こういう効果を生む」という現場の知見を提供した。両者の往復によって、机上の式だけでは見えない効果がロジックに織り込まれた。國崎はこう補足する。


「いまお示ししている知的生産性向上の数字は、文献ベースで比較的根拠が固く、説明可能性の高い部分から積み上げた保守的な値です。今後さらにデータを蓄積し、ロジックを精緻化することで、より実態に即した評価に近づけていきたいと考えています」


合同会社デロイト トーマツ Strategy & Transformation PML Sustainability Unit マネジャー 國崎真奈。サステナビリティ領域におけるマーケティング支援を推進。

実建物検証と有識者レビューで、信頼される指標へ

NEBsの特徴は、民間企業発の取り組みでありながら、客観性をどう担保するかという問いに正面から向き合った点にある。榎木氏は当時の懸念を率直に語る。


「『1社が単独で出した指標は、自分たちに都合よく作ったのではないか』という見られ方は、当然ありうると思っていました。だからこそ、その懸念をどう解消するかは、最初から最重要のテーマだったんです」


須永が客観性担保のために挙げるのは3つのアプローチだ。第一は、デロイト トーマツ グループと共同で開発したこと自体が持つ意味。両社の協働により、NTTファシリティーズ単独ではない外部専門家の視座がロジックに加わる。第二は、用途・地域・規模を変えて重ねてきた実建物での検証である。


一定条件に基づく両社の試算では、ZEBオフィス(新築・複数棟の平均)ではNEBsを加えると投資回収年数が約4分の1に、ZEB化改修プロジェクトでは約9分の1にまで短縮されるケースが確認された。延床面積4万㎡超のテナントビルでは、光熱費削減効果に対しNEBsはおよそ2.5倍と試算され、その内訳をオーナーとテナント双方に分解できる点もNEBsの特長である。さらに、自動車製造業の工場建屋、建築設備工事業の研修施設、地方自治体庁舎の改修まで、検証の射程は確実に広がっている。


中でも公共施設の事例は示唆に富む。地方自治体庁舎の改修では、光熱費削減額に対しNEBsは5倍以上と試算され、民間オフィスと同水準の効果額が確認された。


「公共施設では『税金で整備・維持されるこの建物が、職員にとって、住民や利用者にとってどのような価値を生んでいるのか』を可視化することが、投資判断にとどまらず、住民との合意形成の質を変えていく可能性を秘めています」と須永は語る。


第三は、学識者と関係省庁との連携だ。ウェルビーイング、建築環境、不動産経済といった各分野の有識者がレビューに参画し、ロジックに専門家からの視座を加えてきた。さらに、国土交通省住宅局からの紹介により日本サステナブル建築協会(JSBC)の調査事業を令和6年度から受託したほか、環境省などの関係機関とも継続的なコミュニケーションを重ねている。榎木氏は、その姿勢をこう振り返る。


「私たちが意識したのは、ある程度の段階で社会に開いて、いろんな意見をいただきながらブラッシュアップしていくこと。完璧を目指してリリースを遅らせるよりも、開いて議論を集めるほうが、結果的に指標の公共性は高まる、と判断しました」


NEBsポータルから、価値創出型ファシリティマネジメントへ

社会への開放を体現する取り組みが、「NEBsポータル」の公開だ。延床面積、収容人数、導入する施策などのいくつかの設問に答えるだけで、誰でもNEBs効果額の簡易算定を試せる。「文章だけでは伝わりにくい部分も、ご自身の建物情報を入力してみると『こんなに価値があったのか』と感じていただける」と榎木氏は手応えを語る。


「NEBsを“自分事”として考えるきっかけにしたいんです」


公開後は、同じ課題感を抱える事業者からも問い合わせが寄せられ、設計・施工、不動産、設備関連など、幅広い領域の事業者との接点が生まれつつある。


榎木氏が見据えるのは、新築・改修時の投資判断にとどまらない、運用フェーズへの展開だ。


「これからの施設管理は、維持・保全を中心とした発想から、価値を生み続ける営みへと変わっていくはずです。建物にどんな人がいて、どう使われ、どんな効果を生んでいるか。その運用データをNEBsと組み合わせれば、設計段階の意思決定にも、運用段階の改善にも還元できる」


須永は、建物単体を超えた広がりにも目を向ける。

「NEBsのもう一つの可能性は、街区や自治体単位での評価への展開です。OECDのBetter Life Indexの考え方も参考にしながら、社会的インパクト不動産の枠組みとの接続も視野に入れています」



LEED、WELL、BREEAMといった国際的な認証制度が、建物の環境性能やウェルビーイングを評価する枠組みとして普及してきた中で、貨幣換算で価値を語るNEBsは、それらと相互補完的な役割を果たしうる。投資家やファイナンスの世界に届く言語であるからこそ、海外認証との接続も視野に入る。

社会課題とクライアントの成長を、同時に解く

最後に、それぞれの想いを聞いた。


須永優一 ── 次の世代に何を残すか

須永のモチベーションの源は「世代間格差の是正」という問題意識にある。

「建物は数十年単位で残る社会資本ですから、いまの私たちが下す判断は、子どもたちの世代にどれだけ良いものを残せるかに集約される。長寿命で価値を生み続けるストックを社会につくれるかどうかは、まさに次世代への責任です」


そう語る須永は、デロイトトーマツの強みを「官公庁から民間企業まで、各主体の課題感を業務を通じて立体的に把握できること」だと続ける。


「NEBsは環境だけのテーマではありません。人材、健康、地域、金融、不動産価値──さまざまな領域とつながっています。デロイト トーマツが持つ多様な専門性を掛け合わせて、社会課題の解決とクライアントのビジネス成長を、同時に実現する道筋を描いていきたい。NEBsはその一つの形ですが、これからも官民双方のネットワークと、グループの多様な領域の専門性を活かして、サステナブルな社会の実現に貢献していきます」


國崎真奈 ── 社会性と事業性が重なる場所で

國崎は、NEBsの意義を「社会性と事業性が重なる場所」と表現する。


「コンサルティングの仕事には、クライアントのビジネス成果を支援する側面がある一方、社会にとって意味のある仕組みをつくることも重要です。NEBsはその両方が重なる領域でした。建物の脱炭素化が進まないという社会課題と、NTTファシリティーズが直面していた事業上の課題が、ぴたりと重なる場所だったんです」


國崎が強調するのは、伴走型のスタンスだ。


「省庁、有識者、協働先の事業者、建物を使う方々と対話を重ねながら、指標の精度と社会的な納得感を一緒に育てていく。それは伴走型の仕事の醍醐味そのものです。コンサルタントは答えを持っていく仕事だと思われがちですが、本当に意味のある仕組みは、関係する皆さんと一緒に問いを立て直しながらつくっていくもの。自分の関わる仕事が社会の意思決定の質を変えていけるかもしれない──そう思える日々は、何にも代えがたい時間です」


榎木靖倫氏 ── 一緒に問いを解く仲間として

榎木氏が語るのは、共創の手応えだ。


「デロイト トーマツの皆さんと組んで一番大きかったのは、多角的な視座を持つチームと議論できたことです。『これはどう評価されるか』『どこが論点になるか』を多面的に検証していただける安心感がありました。海外の動向、政策の文脈、専門家のご意見──そういう情報を、設計の現場にいる私たちだけでは集めきれません。それが活きる土俵をご提供いただけたのは、私自身の大きなモチベーションです」


そして榎木氏は、業界全体に向けてこうメッセージを投げかける。


「これからの施設は多機能化・高度化していきます。設計から運用までを一気通貫で見て、価値を生み続ける施設へ。NEBsはそのための共通言語になりうると、信じています。一緒に新しいファシリティマネジメントのスタンダードをつくっていける仲間を、業界全体で増やしていきたい」

建物を、社会価値を生む基盤へ

NEBsの先にあるのは、建物を「エネルギーを使う箱」ではなく、人、企業、地域、社会を支える基盤として捉え直す世界観だ。建物の脱炭素化は、環境負荷を下げるためだけの取り組みではない。働く人の健康と生産性を高め、人材を惹きつけ、事業継続性を高め、地域に貢献し、企業価値を高める。光熱費削減という単一の物差しで建物の価値を測ってきた時代から、それらすべてを束ねた“総合価値”で意思決定を下す時代へ──。


コストか、それとも投資か。問いの立て方を変えることで、見える景色は変わる。

デロイト トーマツとの協働を起点にNTTファシリティーズが進めるNEBsの取り組みは、建物の脱炭素化を価値創出の視点から後押しする具体的な一歩だ。NEBsポータルは、その入口として広く開放されている。



※本ページの情報は掲載時点のものです。


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