一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は、京都・堀川北大路だ。

兵動大樹さんがいるのは、京都市内のやや北に位置する「紫野」と呼ばれるエリアだ。

今回、兵動さんが手にした写真は1930年(昭和5年)に京都市内で撮影されたもの。
立派な石がずらりと並ぶ和風建築が写っており、右から読む旧字体の看板も確認できる。

兵動大樹さん:“りょかん”やな。有名な旅館って京都多いで~。

歴史と文化が重なり合うこの街で、写真の風景を見つけることはできるのだろうか。

■万葉集に登場する「紫野」

早速聞き込みスタート!

すると、地元の方から「紫式部のお墓がある」という情報が飛び込んできた。

「紫野」という地名はかつてこの地が「ムラサキ」という野草の群生地だったことを表しており、奈良時代に編纂された『万葉集』にも「紫野」の地名が登場する歌が収められているとのこと。

その歌『あかねさす/紫野行き/標野行き/野守は見ずや/君が袖振る』(額田王)は、男女の三角関係をネタに詠まれたものだそうだ。

ちなみに、紫式部はこの歌が詠まれた時代よりも後の平安時代中期の女性だ。

どこの風景?
どこの風景?
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■紫式部ゆかりの地で出会った「どら焼き自販機」

せっかくなので、紫式部のお墓を訪ねてみることに。

兵動大樹さん:急に出てくんねや。紫の綺麗なお花がお供えされてますわ。

そしてお墓の近くで発見したのが、なんと「紫式部どら焼き」の自動販売機だ!

兵動大樹さん:なんでもどら焼きにしますからね。これは日本のいい文化です。

何の手掛かりもない兵動さんは、どら焼き自販機に寄ってみることにした。

兵動大樹さん:やる気ないわあ。普通の自動販売機を利用してやってはんねんや。めちゃくちゃやる気ないやん。

気になって声をかけてみると、お店は近々閉店するんだそう。

紫式部のお墓にお参り
紫式部のお墓にお参り

■夢抱いて12年のアーティストが生み出すオリジナルアート

こちらは、12年前に東京から京都へ、夢を抱いてやってきたアーティストの太田利治さんが商品を作り続けてきたお店だった。

店内には、漢字を隙間なく敷き詰めた不思議な作品が。「平和」という漢字を逆さにしても「平和」と読めるアート(9800円)など、オリジナリティ溢れる商品がたくさん!

兵動大樹さん:これ何に使うの?

太田さん:分かんないです。まぁ、インテリアですね。

この店は畳むものの、今後はネット販売や自動販売機での販売を続けていくということだ。

太田利治さん(左)兵動大樹さん(右)
太田利治さん(左)兵動大樹さん(右)

■「紫野」で生まれたから紫式部?

ちなみに、どら焼きの誕生秘話についても聞くと興味深い話が。

紫式部は、この「紫野」で生まれたことから紫式部と呼ばれているという説があるそうなのだが、紫野には紫式部にちなんだお菓子がほとんどなかったそう。

そこに太田さんが気づいて作ったのだ。パッケージには「紫」の文字を隙間なく敷き詰めたこだわりのデザインが施されている。

試食した兵動さんも「おいしい!」と太鼓判を押した。

どら焼きを食べる
どら焼きを食べる

■写真の正体は「船岡温泉」! 料理旅館から銭湯に

太田さんに写真を見てもらうと、「巨大な石」に着目した。

太田さん:鞍馬口通りに“船岡温泉”という温泉があって、そこの石の壁がすごい大きな石で。

さらに別の場所で出会った方々も「これは船岡温泉で間違いない!」と断言。

「船岡温泉はかつて料理旅館だったが流行らなくなり、銭湯に変えた」と言う情報も入手した。

船岡温泉は天然温泉ではないものの、「温泉」と名付けられている。

実は「温泉」を名乗るためにとんでもない努力をしたそうなのだ。

当時の通商省に電気風呂を付けることで「特殊温泉」という名称を認めてもらったそうで、電気風呂を日本で最初に設置したのもここだと伝わっている。

電気風呂(現在は改修されている)
電気風呂(現在は改修されている)

■大正12年創業の文化財銭湯は外国人観光客に大人気

いよいよ鞍馬口通りにある船岡温泉へ。

1923年(大正12年)に旅館として建てられた建物は、戦後間もない頃に銭湯へと転換。

脱衣場には豪華な彫り物が施された「格天井」となっていて、国の登録文化財にも指定されている。

1932年と1937年に起こった日中両軍の戦闘「上海事変」の模様を彫ってもらった作品もあり、歴史の重みを感じる。

昔は旅館だったため、露天風呂も充実。電気風呂も改修しているが、健在だ。

近年は外国人観光客が全体の6〜7割を占めるまでになっており、アルゼンチンから来た女性客に常連のおばあちゃんが、京都弁で入浴の作法を教えたというエピソードも。

兵動大樹さん:ずっと関西住んでるけどなにも知らんわ。アルゼンチンの女子に負けた。

なお、パンツを履いたまま入ろうとする外国人客が1か月に2〜3人はいるとのことで、しっかりと入り方を説明する張り紙も用意されている。

歴史の重みを感じる彫刻
歴史の重みを感じる彫刻

■徐々に銭湯が廃業していった

紫野は銭湯が多かったエリアだったのだが、徐々に廃業していったとのこと。

船岡温泉・大野義男さん:300メートル間隔で銭湯があった。西陣織の地域で職人が多かった。仕事が終わったら親方と一緒に銭湯に入りに来てくれた、そんないい時代があったんです。

万葉集に詠まれた地名、紫式部のゆかりの地、そして大正から令和まで現役で使われ続ける国の登録文化財の銭湯。

今回の「今昔さんぽ」では紫野という街の底知れない歴史の深さを感じることができた。

兵動大樹さん:すごかったです船岡温泉。(昔の写真と)ほんま、そのまんまのところが残っています。皆さんもひとっ風呂浴びに来てください。最高でございました。

(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年3月20日放送)

写真の場所は船岡温泉だった
写真の場所は船岡温泉だった
関西テレビ
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