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プレスリリース配信元:国立大学法人徳島大学
令和8年5月28日
国立大学法人徳島大学
https://www.tokushima-u.ac.jp/
■ポイント
・“インスリン(※1)分泌を促す神経”が、分泌を抑える“ブレーキ”を持つことを発見・ 肥満では、この“ブレーキ”が過剰に働き、インスリン分泌低下につながることを解明
・ “ブレーキ”を標的とした、肥満・糖尿病の新たな治療戦略に期待
■概要
徳島大学先端酵素学研究所の井上啓教授、金沢大学新学術創成研究機構の橋内咲実特任助教、稲葉有香准教授、東京大学大学院理学系研究科の黒田真也教授、杉本光客員研究員(研究当時・東京大学医学系研究科大学院生)らの共同研究グループは、インスリン分泌を調節する仕組みとして、従来知られていた迷走神経(※2)の“アクセル” 機能に加えて、新たに“ブレーキ”機能も存在することを明らかにしました。脳は、自律神経(※3)を介して、膵臓のインスリン分泌を調節しています。特に、自律神経の一つである迷走神経は、これまでインスリン分泌を促す“アクセル”として働くことが知られていました。しかし、肥満では、迷走神経によるインスリン分泌調節がうまく機能しなくなり、血糖値を適切に調節することができなくなります。一方、肥満でなぜこの調節異常がおこるのか、その仕組みはよくわかっていませんでした。
今回の研究では、迷走神経がインスリン分泌を抑える“ブレーキ”としての働きを持つことを新たに発見しました。さらに、この“ブレーキ”の働きが、肥満で過剰に強まることも明らかにしました。今回発見した「インスリン分泌の“ブレーキ”作用」は、肥満・2型糖尿病の病態理解を深めるとともに、新たな予防法・治療法の開発につながることが期待されます。
本研究の成果は、2026年5月26日午後2時(米国東部標準時)に米国科学振興協会(AAAS)刊行の科学誌『Science Signaling』に掲載されました。
■研究の背景
私たちの体内では、食事の際に血糖値が上昇しますが、膵臓からインスリンが分泌されることにより、血糖値が一定に保たれています。このインスリン分泌の調節において、脳と膵臓をつなぐ自律神経である迷走神経が、重要な役割を果たします。特に、迷走神経の代表的な神経伝達物質(※4)であるアセチルコリン(※5)は、インスリン分泌を促進することが知られています。一方で、肥満や2型糖尿病では、このような迷走神経性のインスリン分泌調節が障害され、耐糖能異常につながることが指摘されています。しかし、肥満でなぜ迷走神経によるインスリン分泌調節が障害されるのか、その詳細な仕組みは明らかではありませんでした(図1)。
図1)肥満では、迷走神経によるインスリン分泌調節が障害 健康な状態では、食事の際に、迷走神経が活性化し、インスリン分泌が促進します。一方、肥満では、迷走神経活性化によるインスリン分泌の障害が指摘されていました。しかし、そのメカニズムの詳細は明らかではありませんでした。 ※イラストの一部は、生成AI(ChatGPT)及びNIH BioArt Source を用いて作成しています。
■研究成果の概要
本研究では、迷走神経が、一酸化窒素(NO)を介した「インスリン分泌の“ブレーキ”作用」を有することを明らかにしました。これまでに知られていた、迷走神経が、アセチルコリンを介した「インスリン分泌を促進する作用」に加えて、“アクセル”と“ブレーキ”の両面からインスリン分泌を制御していることを見出しました。本研究では、薬剤依存的に神経活動を制御できるDREADD(※6)技術を用いて作出した迷走神経活性化マウスを用いました。健常マウスでは、迷走神経を活性化するとインスリン分泌が促進しましたが、肥満マウスでは、逆にインスリン分泌が抑制されました。そこで、肥満マウスで認められる迷走神経性インスリン分泌抑制の仕組みを解析しました。
迷走神経は神経伝達物質であるアセチルコリンを介して、インスリン分泌を促進することが知られています。そこで、薬剤によりアセチルコリン作用を阻害した状態で迷走神経を活性化したところ、健常マウスで認められたインスリン分泌促進は消失し、逆にインスリン分泌は抑制されました。この結果から、迷走神経には、アセチルコリンとは別に、インスリン分泌を抑える神経伝達物質が存在する可能性が考えられました。
迷走神経は、アセチルコリンの他に、NOや神経ペプチド(※7)などを神経伝達物質として、脳から膵臓へ情報を伝えます。そこで、それぞれの作用を阻害した状態で解析を行った結果、迷走神経性NOを合成する神経型NO合成酵素 (nNOS)(※8) を阻害した際に、肥満マウスで認められたインスリン分泌抑制が消失することを見出しました。また、迷走神経特異的なnNOS欠損マウスにおいても、nNOS阻害時と同様に、肥満マウスによる迷走神経性インスリン分泌抑制が消失しました。さらに、数理モデル(※9)を用いた解析により、この迷走神経性インスリン分泌抑制作用が、肥満状態で強まることを明らかにしました。つまり、肥満では、食事の際におこる迷走神経を介したインスリン分泌が抑えられることで、インスリンが分泌されにくい状態になっている可能性が考えられました。
■今後の展開
迷走神経は血糖値を一定に保つために重要な役割を果たしています。本研究により、迷走神経がインスリン分泌を「促進する作用(アクセル)」に加えて、「抑制する作用(ブレーキ)」をもち、その抑制作用が肥満で増強することを新たに明らかにしました。今回発見した迷走神経のNOを介した「インスリン分泌の“ブレーキ”作用」は、肥満・2型糖尿病の新規治療標的となることが期待されます。
図2)肥満での迷走神経のNO作用を介したインスリン分泌抑制 健常なマウスでは、迷走神経活性化により、アセチルコリンを介して促進されますが、肥満マウスではNO作用が増強し、インスリン分泌は抑制されます。しかし、迷走神経特異的なnNOS欠損により、肥満でみられたインスリン分泌抑制が改善することが示されました。 ※イラストの一部は、生成AI(ChatGPT)及びNIH BioArt Source を用いて作成しています。
■論文情報
雑誌名:Science Signaling論文名: Vagal activation inhibits insulin release through neuronal nitric oxide synthase in obese male mice.
(迷走神経は肥満マウスにおいて神経型一酸化窒素合成酵素を介してインスリン分泌を抑制する)
著者名:
Emi Hashiuchi1,†, Yuka Inaba1,†, Hikaru Sugimoto2,†, Kumi Kimura3, Hitoshi Watanabe3, Mayu Kajino4, Shun-ichiro Asahara5, Masaki Kobayashi6, Osamu Kikuchi6, Yoshitaka Hayashi7,8, Shin-ichi Horike9, Takiko Daikoku10, Michihiro Mieda11, Takeshi Sakurai12, Mashito Sakai13, Michihiro Matsumoto14, Tadahiro Kitamura6, Makoto Sato15, Kim Ravnskjaer16,17,
Masato Kasuga18, Mamoru Tanida19, Shinya Kuroda2,20, Hiroshi Inoue4,21*(橋内咲実†、稲葉有香†、杉本光†、木村久美、渡邉一史、梶野真由、淺原俊一郎、小林雅樹, 菊池司, 林良敬, 堀家慎一, 大黒多希子, 三枝理博, 櫻井武, 酒井真志人, 松本道宏, 北村忠弘, 佐藤純, Kim Ravnskjaer, 春日雅人, 谷田守, 黒田真也, 井上啓*)†:共同筆頭著者、*:責任著者
1. 金沢大学 新学術創成研究機構 代謝生理学研究ユニット
2. 東京大学大学院医学系研究科 分子生物学専攻
3. 金沢大学 新学術創成研究機構 栄養・代謝研究ユニット(研究当時)
4. 徳島大学 先端酵素学研究所 統合病態生理学分野
5. 神戸大学大学院医学系研究科 内科学講座 糖尿病・内分泌内科学部門
6. 群馬大学 生体調節研究所 代謝シグナル解析分野
7. 名古屋大学 環境医学研究所 内分泌代謝分野
8. 名古屋大学大学院医学系研究科 内分泌代謝学
9. 金沢大学 疾患モデル総合研究センター 疾患オミクス分野
10. 金沢大学 疾患モデル総合研究センター 疾患モデル分野
11. 金沢大学 医薬保健研究域医学系 統合神経生理学分野
12. 筑波大学医学医療系/筑波大学高等研究院(TIAR)国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)
13. 日本医科大学 生化学・分子生物学(分子遺伝学)
14. 国立健康危機管理研究機構(JIHSシ゛ース)国立国際医療研究所 糖尿病研究センター
分子代謝制御研究部
15. 金沢大学 新学術創成研究機構 数理神経科学ユニット
16. Department of Biochemistry and Molecular Biology, University of Southern Denmark
17. Center for Functional Genomics and Tissue Plasticity, University of Southern Denmark
18. 朝日生命成人病研究所
19. 金沢医科大学 生理学II
20. 東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
21. 徳島大学 糖尿病臨床・研究開発センター システム病態学分野
公開日時:2026年5月26日午後2時(米国東部標準時)にオンライン版に掲載
DOI: 10.1126/scisignal.adz8805
■研究プロジェクトについて
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-PRIME)(研究開発課題名:代謝ストレスと肝/脂肪の慢性炎症を繋ぐ細胞死制御機構の解明)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)(研究課題名「時空間トランスオミクスを用いた多細胞・臓器連関代謝制御の解明」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業などの支援を受けて実施されました。■用語解説
※1:インスリン膵臓から分泌されるホルモンであり、肝臓や筋肉での糖の取り込みを促進したり、糖産生を抑制したりすることで、血糖値を低下させる役割を持つ。
※2:迷走神経
脳と内臓をつなぐ神経で、自律神経を構成する神経の一つ。膵臓に対してはインスリン・グルカゴンなどのホルモンや膵液の分泌を調節する。
※3:自律神経
脳と内臓をつなぐ神経であり、呼吸や心拍、消化など、生命維持に必要な働きを無意識に調節する。
※4:神経伝達物質
神経と臓器の間で情報を伝えるメッセンジャーの役割を持つ。
※5:アセチルコリン
迷走神経の代表的な神経伝達物質の一つ。
※6:DREADD
特定の神経細胞における神経活動を、薬剤により人工的にON/OFFできる技術である。
正式には「Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs」の略。
※7:神経ペプチド
神経伝達物質の一つで、迷走神経ではPACAPやVIPなどが神経伝達物質として知られている。
※8:神経型NO合成酵素 (nNOS)
一酸化窒素(NO)の合成酵素の一つ。迷走神経では、nNOSによってNOが合成される。
※9:数理モデル
生体内で起こる反応や変化を、数学的な式を用いて表現し、仕組みや変化を予測する方法。
■関連リンク
・徳島大学×J-PEAKShttps://www.iphf.tokushima-u.ac.jp/
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