特集シリーズ「熊本地震10年あの日を忘れない」です。本震で犠牲となった阿蘇市の大学生・大和 晃さんの家族。おととし、父・卓也さんが亡くなり、残された母・忍さんに今の思いを聞きました。
【大和 忍さん】
「ずっと熊本地震のことであれば昨日のことのように感じる」
阿蘇市に住む大和 忍さんです。
忍さんの次男・晃さんは、熊本地震の前震で被災した熊本市に住む友人に水などを届けた帰りに、南阿蘇村の阿蘇大橋近くで車ごと大規模な土砂崩れに巻き込まれ、行方不明に。
「必ず晃を連れて帰る」、その一心で、忍さんは夫・卓也さんとともに現場近くを探し続け、自分たちの手で晃さんが乗った車を見つけました。
2人は晃さんが家に戻った後も、報道の取材に応え、学校で講演を行うなど、熊本地震の教訓や命の大切さについて訴えてきました。
しかし、おととし9月に卓也さんが病気で亡くなり、残された忍さんは、卓也さんの四十九日に合わせて、それまで家にいた晃さんの納骨を決めました。
【大和 忍さん】
「どっちかが逝ったときに(晃を)一緒に連れて行こうねと言っていたので」
熊本地震から10年、「いまの思いを聞きたい」と、忍さんに連絡を取りましたが、
返事はすぐには返ってきませんでした。
【大和 忍さん】
「正直、TKUから電話があったときに、普段は出れるところが出れなくて…。
どうしよう、どうしよう、と。「もう無理だ」って。「取材は無理だ」って」
それでも忍さんは、私たちの取材に応えてくれました。
【大和 忍さん】
「諦めかけることも、しばしばだけど、後ろから押してもらっているような感じがする」
大和さん家族には、亡くなった晃さんがつないでくれた縁があります。
『命の授業』で熊本地震や晃さんについて学んだ、熊本市の白坪小学校の当時4年3組の子どもたち。この10年間、折に触れ、大和さんの田植えや稲刈りを手伝うなど、交流を続けてきました。
子どもたちは18歳になり、この春、それぞれの夢に向かって歩みだしていました。
【大和 忍さん】
「自分にとってはこれまでも、これからも、私が生きていく上での励みや支えになっていく存在」
息子を失った熊本地震から10年。
支え合ってきた夫の姿はありませんが、亡き息子がつないでくれた縁が、いまの母の支えとなっています。