『熊本地震つなぐ未来へ』。済生会熊本病院で当時、対応にあたった医師や看護師に
地震10年の思いを聞きました。あのとき医療現場では何が起きていたのでしょうか。
【済生会熊本病院 川野 雄一朗救急科医長(熊本地震当時 救急医)】
「イスを全部どかしてホワイトボードを立てて簡易ベッドを並べて医師と看護師を一組ずつ」
【前震30分後に立ち上げた災害対策本部とトリアージブース年1回の訓練が役に立った】
【しかし…】
【川野 雄一朗救急科医長】
「まさか前震以上のものが来るとは想定していなかった。電気も一時的に止まったり
エレベーターが緊急停止するので訓練とは違うことが起こっていた」
【本震の日は321人が受診 救急患者数は通常の約6倍】
【牛島久美子看護部長(熊本地震当時 看護師長)】
「午前1時半頃でちょうど部屋をラウンドしているナースもいたので集中治療室は倒れてはいけない機器を支えていたし患者さんがベッドから落ちないように」
【人工透析に使う貯水タンクの1つが破損】
【患者をヘリで広域搬送】
【揺れが繰り返し襲う】
【牛島久美子看護部長】
「大丈夫 大丈夫…こわいですね」
【医療従事者も被災者 病院は家族が過ごす場所も提供】
【牛島久美子看護部長】
「病院に来ることができない、子供を置いてきているという現状がわかり、病院で至急(子どもを預かる)場を設定した。そうすると安心して子供を病院に預けて仕事ができるということで職員の一定の安心感につながった」
【川野 雄一朗救急科医長】
「辛い場面もあるし、自分の中でも処理するのに苦労する内容もあるが南海トラフ地震が起きると言われているし他県の対応を含めて災害時にどう活動しなければならないかそこに向けての知識の確認を含めた十分な経験だった」
【それぞれの役割を全うした命の現場 次の”もしも”に備える】