石川県加賀市に立つ高さ73メートルの巨大観音像が、少なくとも2006年から20年にわたって航空障害灯を点灯させていなかったことが明らかになった。大阪航空局は所有者である京都市の企業に対し、改善命令を出した。航空障害灯の管理に関する法律でこのような改善命令が出されるのは、全国で初めてのケースである。
「少なくとも2006年から」――20年間、空に警告を発しなかった巨像

石川県加賀市作見町の丘の上に、金色に輝く巨大な観音像がそびえ立っている。高さ73メートル。周囲の民家や電柱を大きく見下ろし、遠く海まで見渡せる立地に鎮座するその姿は、圧倒的な存在感を放っている。

しかし、この像には長年にわたって看過できない問題が潜んでいた。航空法は、高さ60メートルを超える建造物に対して航空障害灯の点灯を義務づけている。夜間や視界不良時に航空機が建造物に衝突するのを防ぐための、安全上欠かせない装置だ。にもかかわらず、加賀大観音の航空障害灯は、少なくとも2006年から点灯しない状態が続いていた。実に20年間にわたる違反状態である。

大阪航空局はこの問題を認識し、2023年3月から観音像の所有者である京都市の企業・洛悠M1に対して指導を続けてきた。しかし、指導から2年以上が経過しても状況は「一向に改善されず」(大阪航空局)、ついに改善命令という手段に踏み切ることになった。
全国初の改善命令――「わかりました」と述べた所有者
大阪航空局は改善命令書を作成し、所有者である洛悠M1にこれを直接手渡した。航空局によると、所有者は「わかりました」と述べ、命令書を受け取ったという。
今回の改善命令は、航空障害灯の管理に関する法律に基づくもので、全国で初めてとなる。洛悠M1に対しては、2025年12月9日までに航空障害灯を復旧させ、その旨を文書で報告することが求められている。期限までに改善が行われなかった場合、50万円以下の罰金が科されることになっている。

わずか一言「わかりました」とだけ答えた所有者。その言葉の重みと、20年間灯りを灯さなかった事実との間には、大きな隔たりがある。改善命令を受け取った今、はたして年末の期限までに観音像の頂に再び灯りがともるのか、注目が集まっている。
バブルの夢の残骸――観音像が歩んだ数奇な歴史

なぜこの観音像はかくも長期間、無管理に近い状態に置かれてきたのか。その背景を知るには、像の建設にまでさかのぼる必要がある。

加賀大観音が建設されたのは1988年のことだ。バブル景気が最高潮に達しつつあったあの時代、各地でリゾート開発や観光施設の建設ラッシュが起きていた。加賀大観音もその流れの中で、観光施設の「呼び物」として誕生した。

しかし、バブル経済の崩壊は容赦なくこの施設をも飲み込んだ。経営母体は破綻し、観音像は長い漂流の時代へと突入する。その後、競売が何度も繰り返され、所有者が転々と変わっていった。一時は、テレビ番組などでも人気があった織田無道氏が住職となった時代もある。そして2022年、現在の所有者である京都市の洛悠M1が取得した。

建設から38年。バブルの夢の象徴として生まれ、崩壊とともに打ち捨てられたかのようなこの観音像は、今もなお金色の姿を保ちながら、加賀市の空に立ち続けている。しかしその内実は、航空法違反という問題を抱えたまま放置され続けてきた。
12月9日が期限――再び灯る日は来るか

洛悠M1が航空障害灯を復旧させ、文書で報告しなければならない期限は、2025年12月9日だ。違反すれば50万円以下の罰金が科される。

20年間にわたって暗闇に沈んでいた73メートルの観音像の頂に、再び赤い警告灯がともる日は来るのか。「わかりました」という一言だけを残して改善命令書を受け取った所有者が、期限までに問題を解決するかどうかは現時点では不明だ。

それでも、全国で初めて発動された改善命令という事実は重い。観音像は今日も青空の下に静かに立ち続け、目を閉じたまま、加賀の海と街を見下ろしている。
(石川テレビ)
