福岡・久留米市の『久留米大学医療センター』が、2027年12月までに閉鎖されることが判明した。厳しい経営を迫られる病院。地域医療への影響が懸念されている。

通院患者や近隣から困惑の声が聞かれるなか、なぜ“完全閉鎖”という決断に至ったのか、病院長を取材。語られたのは近年厳しさを増す病院経営の実態だった。
約30年に渡り地域医療を支える
西鉄久留米駅から車で約15分の場所にある久留米大学医療センター。敷地面積は『みずほPayPayドーム福岡』とほぼ同じ広さで、中央に外来管理棟、その奥に入院棟がある。

久留米大学医療センターは、統廃合で閉鎖の危機にあった国立病院を久留米大学が引き継ぎ、1994年に開院した。

2008年に開設された整形外科・関節外科センターでは、関節疾患に特化した最先端の治療を行い、年間1000件近くの手術を行ってきた。

病床数250床、15の診療部門を持つ中核病院として30年以上に渡り、地域医療を支えてきたが、2025年5月、経営状況の悪化を理由に入院病棟を久留米大学病院に統合すると発表。

そして1年後の2026年5月、外来診療も取りやめ、2027年12月末までに完全に閉鎖すると発表したのだ。
地域医療閉鎖に困惑する近隣住民
完全に閉鎖することを発表した久留米大学医療センター。段階的に再編・縮小して約6キロ離れた久留米大学病院に統合する方針だ。

通院患者も困惑の表情を浮かべる。
「どうしたらいいんでしょうね。かなり困る。ずっと国立病院の時代からここを利用しているからね。大学病院に行くしかない。遠いですよ」(男性)。

「もう6年くらい通院している。総合診療科と糖尿病センター。のうならん方が本当はいいんやけどね。採算が合わんとやろ。国ももうちょっとこういうのに金を突っ込んだらいいのにね」(男性)。

また近隣薬局のスタッフも「自分たちもここから処方箋を頂いて薬を患者に出しているので、今後どうなっていくのかそれが心配」と表情が曇る。

“完全閉鎖”を決めた背景には一体何があるのか。恵紙英昭・病院長を訪ねた。
病院長が語る実態 “完全閉鎖”の背景は
閉鎖の発表を終えたいまの気持ちは?
▼久留米大学医療センター 恵紙英昭・病院長「大学の苦渋の決断というか、それは受けざるを得ない。地域医療にこれだけ貢献してきた病院を来年12月で終わらざるを得ないのが、残念で仕方ない」

今回の閉鎖を決定した経緯は?
▼恵紙英昭・病院長「最初の段階、国立病院時代から赤字だったんですけどね。やはりなかなか採算が合わないっていうのが、ずっと長年続いてきて、ここ最近の10年間が、急激に赤字が膨らんできた。久留米大学全体で、この赤字を補填しながら31年間やってきたんですけども、さすがにこのままでは、段々その大学全体が立ち行かなくなるだろうということで…」

累積赤字は、2025年度までで約140億円にのぼっているという。
診療報酬改正も“焼け石に水”
この10年で急激に赤字が膨らんだ理由は?
▼恵紙英昭・病院長「物価高ですね。医療材料が高騰だったり、エネルギーの高騰だったり、いろんな複合的な要因で…。診療報酬の問題もあります。一般急性期と地域包括と回復期リハということでやっていくと、どうしてもやっぱり診療報酬上は点数が低いという状況で、うちの規模でいくとなかなか採算が合わない。ここ10年間が、もう特に著明に出てきています」

高度急性期医療を担う大学病院に比べ、慢性疾患の治療や回復期のリハビリを担う医療センターは、診療報酬の点数が低く、役割分担を進めた結果、診療報酬の点数が病院の規模に見合わなくなっていたのだ。

政府は6月1日から物価高や賃上げに対応して診療報酬を30年振りに大幅に引き上げた。

しかし―。
▼恵紙英昭・病院長「全く追いつかない、収入は少しずつ上がってはいるんですけども、その支出の部分の方が大きくて、どうしても“焼け石に水”みたいな状況になってきてですね。そうすればやはり、特定機能病院の大学病院でやった方が、より高度な医療を提供して、かつ診療報酬も高いというところになるので」
包括ケアシステム 地域がひとつの病院
今後は、1年半かけて患者を大学病院や近隣の医療機関に引き継ぐ作業を進め、約420人いるスタッフも段階的に大学病院に移るという。

医療センターの原﨑礼子看護部長は「いままで医療センターに来て頂いて、いろんな激励をもらったり、本当にここに入院してよかったって希望の声をかけて頂いたりしたこともたくさんありました。寂しい気持ちもありますけれども、うちで働いてるスタッフが大学病院と統合するにあたってスムーズにいけるように、ここでの学びを生かして、大学病院のプラスになるように頑張って欲しいなって送り出しています」

全国の多くの病院が経営危機に陥るなか、いま何が求められているのか。
▼恵紙英昭・病院長「人口の変動や、人口構造の変化で、やっぱりもう大学としてやるとすれば、この時期がもう限界なんだろう。だからそこは包括ケアシステムの考え方で地域がひとつの病院みたいなかたちになって、クリニックであったり、回復期をやる病院であったり、急性期をやる病院であったり、役割分担をしていくというシステムに変わっていかないと、もっと先のことを考えるともう待ったなしの状況かなと思います」
(テレビ西日本)
