元外務大臣の田中眞紀子氏と新潟県出身のジャーナリスト・風間晋氏との対談が3月中旬に東京都内で行われた。田中角栄元総理を父に持つ田中眞紀子氏は角栄氏の外交にも同行。そこで見た政治家・田中角栄氏の覚悟の裏側などを明かした。
「眞紀子はどう思う?」父が問い続けた“自分の言葉”
田中角栄元総理の長女・田中眞紀子氏。幼いときから、自分の意見を父から問われ続けてきた。
「両親の教育は非常に大きい。自分の意見をどこでも、相手が誰だろうと言いなさいと。『眞紀子はどう思うんだ』というのは、よく聞かれた。進学したアメリカの高校も特殊な学校だった。そこは非常に集中的に勉強もスポーツも芸術もやらせる学校だった。そういう特殊な学校で教育を受けたときも、やっぱり自分の意見を求められた。良い悪いということはない。人と意見が違っていようと、自分がどう感じたか、自分はどういう言葉で表現するかという訓練はアメリカの高校ですごくさせられた」
政治家になった後も、自身の考えを自身の言葉で伝えることを大事にしていたという眞紀子氏。それ故に、現在の閣僚や国会議員の言動に疑問を感じていた。
風間氏もこの点について指摘する。
「与党サイドは、『その件に関してはコメントは差し控えさせていただく』と。いや、控えなくて結構ですと思う。何かそういう『差し控える』という言い方で逃げている。それがここ数年、とても目について嫌だなと思う」
これに対して、眞紀子氏は「議員としてもそうだし、閣僚や総理だったら、あらゆる政策について自分の考えをまとめておく。そのためには人と話をすることも、本を読むことも、新聞読むことも、ネットで見ることもそうだし、自分の考えを集中的にきちっと固めておいて、しっかり持っていれば、相手から国会で質問されても、メディアで聞かれても答えられるけど、それがあやふやなままでいるから『差し控える』なんていうだけのことで逃げているんでしょうね」と持論を展開した。
「その一言を取るまでは帰らない」角栄元総理の外交
政治家時代にも歯に衣着せぬ発言で注目された眞紀子氏だが、そこには「政治家としての覚悟」があった。
その根底には、間近で見ていた政治家・田中角栄元総理の存在がある。
角栄元総理の外交にも同行していた眞紀子氏は、角栄元総理の外交には常に明確な“目的”が伴っていたと明かす。
「ロシアのとき、私はついて行って一緒にクレムリンに泊まった。あの時、父が言ったのは、『お前、調子に乗ってヘラヘラしているけど、もう帰りなさい』と。一緒に帰らないのと言ったら、『北方四島の問題が日ソ間にある。あれは日本の領土だってことを認めさせるために来たのに、向こうは応じない。お前がいても無駄だから、孫が待っているから帰りなさい』と。父はそれほどの覚悟があった。その後、北方四島の問題、今後ロシアと日本が議論する。俎上に、卓上に乗せるということで分かったねと言ったら、その問題は納得しましたと、四島問題があると。『ダー(ロシア語で「はい」を意味する)』と言ったんだと。それでお父さんは帰って来た。その一言を取るまでは帰らなかった。目的意識が違って、この国とはこれを話しする。それがあって行った。私は、そういうのばかりずっと見ていた」
こうした父・角栄元総理の姿を見て、政治家になった眞紀子氏は、衆議院議員を6期務め、外務大臣や文部科学大臣を歴任した。
13年以上大臣不在…なぜ新潟から大臣が出ないのか
しかし、眞紀子氏が文部科学大臣を務めた2012年以降、新潟県から大臣を輩出できていない。

風間氏は中選挙区から小選挙区に変わったことが一つの要因になっているのではないかと指摘する。
「中選挙区のときは、やはり選挙区の中での競い合いがあった。それで、やはり当選回数もその分、伸びる可能性があったのが、小選挙区になったら、随分小粒になったというか。継続性もなくなった」
この意見に眞紀子氏も同調していた。
「無理して東京に行かなくていい社会」をつくれるか
ただ、人口減少など地方の課題は山積しており、地方と都会の地域間格差は拡大しているのが現状だ。この地域間格差をどう埋めるのか…眞紀子氏は、地方が魅力のある場所だと発信する必要性を説いた。

「地方がもっと魅力あるところにならなきゃいけない。地方から出た人が戻ってこない。過疎化が進む。労働力も不足する。そういうことを克服するには何をするかと言ったら、地方にやっぱり職場、学校、病院、そういう生活する上でどうしても必要なものが、各地方自治体で充実していけば、新潟県ももちろんだが、全部が安定的にあれば無理して東京に行かなくていい。東京の生活は裏返して狭いところで、庭もないアパートで、満員電車に乗って、物価も高いものを買わなきゃいけない。そういう苦しいカツカツの生活をしなくてすむには地方がいいと。だから、地方がやっぱりもう少し住みやすいように自治体の長が、知事なり、市長たちが、そういうところにも具体的に補填して足りないところを足していくということをなさるといい」
かつて父・田中角栄元総理は“日本列島改造論”を掲げ、経済成長を全国へと波及させようとした。
しかし現在、地方は人口減少や産業の先細りなど、厳しい現実に直面している。同時に、政治と日々の暮らしがかけ離れたものだと感じる人も少なくないのではないだろうか。
政治が生活を変える―その実感を国民が持てるのか。いまこそ、政治家一人ひとりの覚悟が問われている。
