全身の筋肉が萎縮する筋ジストロフィーという難病を抱えている内田一也さんは、唯一動かせる指先だけで紙粘土のアートを作り続けています。
作品制作に挑戦したきっかけは、小学校教師として働いていた時に教え子たちと交わしたある約束でした。
紙粘土で作った“ミニチュアの世界”。
小人がみんなで仲良くお買い物中です。
この作品を作っているのは内田一也さん(69)。
全身の筋肉が徐々に萎縮していく筋ジストロフィーという難病を患っています。
都内で行われた展示会で披露された紙粘土作品の数々に、来場者は「作ったの?全部、すごいね」「すご」と驚いていました。
指先だけで制作する姿に感銘を受ける人々。
耳が聞こえず、声を出すこともできない内田さんは、筆談で「うれしく、ありがたく、作品作りを頑張ろうと思います」と感謝を伝えました。
展示会の1週間前、取材班が訪れたのは内田さんの自宅です。
部屋へ案内してもらうと、作品を制作中の内田さんが笑顔で迎えてくれました。
作っていた作品は小さな人形です。
こねた白い紙粘土を顔につけていき、赤い紙粘土を体と頭につければ完成。
わずかに動かせる指先だけで毎日4時間近く作業しています。
内田さんの妻・裕子さん(67):
指先、足先の方からだんだん(筋力が)弱ってくると聞いてます。
全身の筋肉が徐々に動かなくなり、歩行困難や呼吸障害などへ進行する筋ジストロフィー。
国内には専門医が少なく、いまだ治療薬がないなど多くの課題が残っている難病です。
内田さんが発症したのは40代のころでした。
現在は気管を切開し、人工呼吸器を使って生活しています。
体を動かしたり、言葉を発したりすることもできません。
内田さんの妻・裕子さん:
グー・チョキ・パーができなくて、指(関節)が動かないので手話ができない。
そのため家族とも筆談での会話です。
それでも、わずかに動く指先だけで紙粘土作品を作り続ける理由を、内田さんは「伝えたいことは、あきらめなければ不可能はない」「可能性は無限ですということです」とつづりました。
“諦めないということを伝えたい”。
そう思うようになったのは、小学校教師として勤めていた10年前にさかのぼります。
内田さんの妻・裕子さん:
6年生の卒業アルバムですね。これ一番リラックスした顔してると思います。
子供のことを第一に考え働いていた内田さんを、突然、病が襲います。
内田さんは「両耳は聞こえず、匂いわからず、体も動けず、手の指も関節も動かず、正常なのは目だけ。絶望しかなかった」と振り返ります。
そんな中、内田さんの脳裏をよぎったのが、“教え子たちと交わした約束”でした。
卒業アルバムには、「苦難にめげず、一歩一歩しっかりとした足取りで未来へ前進していってください。先生もみんなに負けないよう、しっかりと歩んでいこうと思います」と子供たちへのメッセージが書かれていました。
教師を退職しても“諦めない”という約束を守るため、残された力を振り絞り、作品作りに挑戦したのです。
内田さんは「子どもたち、未来に向かって可能性を持っていることを忘れないでほしい」と思いをつづりました。
その内田さんの思いが詰まった作品の1つが、1体1体の表情など細部にまでこだわった「小人シリーズ」です。
内田さんの妻・裕子さん:
作品を見ていただくことが生きる糧になってるとすごく思います。「生きる力をもらうってこういうことなんだな」って思いました。
日々作品作りに没頭している内田さん。
必要な材料は妻・裕子さんが用意します。
内田さんの妻・裕子さん:
一番軟らかいものを選ぶ。内田は握力が全然ないので。
この日、介護スタッフの力を借りて玄関に向かう内田さん。
実に“1年ぶりとなる外出”です。
内田さんの妻・裕子さん:
きょうは内田の紙粘土の展示会に行きます。内田はすごく楽しみにしています。
自宅を出発し約30分、展示会場に到着。
そこにあったのは、50点を超える作品の数々。
内田さんの“1年間の集大成”です。
訪れた人は「あの方が作ってるんだって。すごいよね」「(Q.どれがすごかった?)これ、ブランコ乗ってるやつがすごい」と話していました。
会場で作品に夢中の男の子。
「小人のツリーハウスがすごかったです」というメッセージを内田さんに届けます。
そして、内田さんも男の子に「気に入ってくれてありがとう。好きな事、何でもやり抜いてね」と感謝を伝えます。
男の子はグーサインで答えました。
母親:
頑張ろうって思えるね?
男の子:
野球がんばる!
さらに、30年ぶりの再会も。
教員時代の同僚・木村さんです。
新聞で内田さんの活動を知り、会場に駆け付けたのです。
教員時代の同僚・木村さん:
これだけ新しい物を生み出そうという力がすごいなと思って。昔の子供たちにも「内田先生、今こんなに頑張ってるよ」って見せたい。
内田さんの思いが詰まった展示会。
最後に“今後の夢”を聞くと、内田さんは「『夢は世界一周』…と言いたいところですが、もう無理なので、少しでも長生きして作品展を続けることが今の目標です。私のような体でも、残された能力でできる事がある。あきらめないで!!」と思いをつづりました。