特集シリーズ『熊本地震10年 あの日を忘れない』です。多くの人々の生業も奪った
熊本地震。そこから立ち上がった人々の支えとなったのがグループ補助金です。再建を果たした事業者に地震10年の思いを聞きました。
【2016年空撮 TSS深井瞬アナ】
「こちらの地獄温泉の温泉旅館で、宿泊客・従業員合わせておよそ50人が孤立をしているということで、現在救援要請が入っているということです」
熊本地震・本震で建物が大きな被害を受けた地獄温泉『青風荘.』。
2016年6月下旬、さらに追い打ちをかけるように豪雨が南阿蘇村を襲いました。
降り注いだ雨は土石流となり、地震で地盤が緩んだ裏山から地獄温泉になだれ込んだといいます。
【地獄温泉『青風荘.』 河津誠社長】
「これ元湯。岩風呂があったところですね」
古くは明治から受け継いできた建物の中にまで土砂が押し寄せ、4つあった温泉のうち3つが飲み込まれました。
【地獄温泉『青風荘.』 河津誠社長】
「『あ~終わった』と思いましたね。地震でこんな(避難所の)暮らししてるのに」
唯一の光明は、地獄温泉の目玉でもある『すずめの湯』が無傷だったこと。
傷や皮膚病によく効くと評判の湯治場を心の支えに、ボランティアや補助金の助けも借りながら何とか復興を果たしました。
【地獄温泉『青風荘.』 河津誠社長】
「うち、地獄温泉っていいますけど、地獄に落ちたみたいなときでもなんとか光はある、みたいなことはお伝えができるんですよ。今があるからね」
先祖から数えて225年目だという温泉宿は、その風情を残しつつ新しくカフェを作るなど時代に合ったテイストも取り入れてよみがえりました。
新設のレストランでは炉端焼きを提供しながら熊本地震の体験を語るサービスが好評だということです。
【地獄温泉『青風荘.』 河津誠社長】
「周りからいっぱいご支援いただいて巻き込んでますんでね。そこでなんか、失敗しました。やめました、みたいなのはすごい辛いわけですよ。言えないというかね。それぐらい応援してもらったんでね」
熊本地震から10年、代々受け継いできた温泉と宿を地域のために受け継いでいこうと決意を新たにします。
【地獄温泉『青風荘.』 河津誠社長】
「地震でゼロからマイナスに無くしかかったときに、一番よくわかることはこの阿蘇が放つエネルギーですね。温泉もそうですけど」「それは震災の前は俺のもんだと
思ってましたよ。自分の敷地だから。だけど震災後はいろんな支援もらって苦労して復興していく中で、これは抱えきれないほどのエネルギーをもらってるんだと」
地震にも大雨にも負けずよみがえった地獄温泉『青風荘.』。
これからも南阿蘇村で静かにその湯煙を漂わせます。
ここからは中原キャスターとお伝えします。熊本地震ではご覧いただいた『青風荘.』をはじめ多くの企業が被災。県内の商工関係の被害額は8200億円に上りました。
こうした企業にとって再建の支えとなったのがグループ補助金です。
中小企業グループの施設や設備の復旧費の最大4分の3を国と熊本県が補助する仕組みで、県によりますと熊本地震ではこれまでに延べ4699の事業者がこの補助金を利用し、総額1266億円が交付されています。
グループ補助金は東日本大震災を受けてつくられた制度ですよね。熊本地震で改善されたところはありますか。
当時、経済産業副大臣としてグループ補助金を担当した松村 祥史参議院議員を取材しました。
【松村 祥史参議院議員】
「中小企業のみならずみなし大企業、資本が51%大手が持っている。地震で撤退する可能性があった。このみなし大企業にもグループ補助金を使っていいですよ。
医療・福祉・JA・漁連・森林組合もグループを組んで地域経済の担い手なので
みんな一緒に頑張りましょうという制度に変えることができた」
松村参議院議員は、熊本地震で被災した病院や診療所も補助の対象となり、阿蘇立野病院など医療機関の再建にも大きな役割を果たしたとしています。
このグループ補助金を利用し熊本地震から10年となるこの春、ようやく再建を果たした益城町の商店を取材しました。
【渡辺商店 山代英夫代表】
「10年くらいかかるかなと皆で言っていたら、本当にちょうど10年」
益城町木山、県道熊本高森線沿いにあるプロパンガスの販売会社渡辺商店です。
三代目の山代 英夫さんと妻のりつ子さんは地震から10年となるこの春、店の再建を果たしました。
りつ子さんの父から受け継いだ創業約60年の渡辺商店。店舗兼住宅は地震で全壊しました。店を解体した後、元の土地にプレハブの仮店舗を建てて営業。町内の顧客は、転居などで約300件から100件に減ったものの仮設団地などへの配達を請け負い店を存続させてきました。
『再びこの土地で商売をしたい』。しかし、目の前に立ちはだかったのが県道の4車線化事業でした。
【妻・山代りつ子さん】
「4車線が必要かなと最初は思った。(土地を)10メートル引かないといけないという話でしたので再建できるかなと心配だった」
【渡辺商店代表 山代 英夫さん】
「先代の生まれた土地でどきたくないという気持ちがあり、その思いをなんとか」
幸い、土地が広く4車線化にかからない部分での再建が可能だったことから時間をかけて再建する道を選択。その後押しになったのがグループ補助金です。再建費用の半額ほどをまかなうことができました。
【渡辺商店代表 山代 英夫さん】
「補助金があったのでなんとか…。それがなかったら再建は無理」
3月に営業を開始した新たな店舗には地震前にはなかったガス機器などを体験できる
ショールームも完成。2階は展示会やフリースペースとして活用する予定です。
【渡辺商店代表 山代 英夫さん】
「気兼ねなく親戚のように来てほしい。渡辺さ~んって来てもらったら」
地震で改めて感じた『当たり前の生活』の尊さ。普段の何気ない生活に寄り添える店づくりを目指し益城の地から再び歩き始めます。