出雲大社・神楽殿の「大しめ縄」が7月に架け替えられる中、その大しめ縄の製作が島根県飯南町で始まっています。
長さは13.5メートル、重さ5トンと国内最大級の大きさで、60年ほど前から飯南町で作られています。
少子高齢化が進み、しめ縄づくりの担い手が不足する中、九州・佐賀県から移住した女性が伝統を受け継ごうと奮闘しています。
飯南町の大しめなわ創作館。
2026年7月に架け替えが予定されている出雲大社神楽殿の大しめ縄の製作が進んでいます。
長年しめ縄を作ってきたベテランに交じって、ワラを編んでいるのは古賀崇真子さん。佐賀県出身で6年前、縁もゆかりもない飯南町に移住してきました。
これまでにも各地の神社から依頼を受けたしめ縄作りに携わっていますが、出雲大社の大しめ縄を作るのは初めての経験です。
古賀崇真子さん:
なかなかちょっと誇らしい気持ち。半分ちょっと緊張するというか、うれしいんですけどね。関われるのはすごく。
飯南町で神社用のしめ縄づくりが始まったのは、今から60年ほど前の昭和30年代。
中国地方を中心に海外も含め、各地の神社にしめ縄を奉納しています。
1981年からはあの出雲大社神楽殿の大しめ縄を作、奉納。
しめ縄づくりは人口約4000人の町の経済を支える産業のひとつにもなっています。
しめ縄の製作を受注する職人の組合には約20人が参加。
そのほとんどが、60歳を超え職人の高齢化が進んでいます。
そのなかで40代の古賀さんは「期待の若手」です。
古賀崇真子さん:
ワラを一定の数で大体取って、紐で交互に編みます。出来上がると、あんなふうに…。
すべて手作業のしめ縄づくり。
材料のワラの選別から編み込みまでチームになって作業を分担。
古賀さんは、しめ縄の外側に当たるコモの製作を担当しています。
「少しずつしゃあ(すれば)、向こうのほう到達する。」
全体をきれいに見せるため、一定の幅を保ちながら編み込んでいきます。
古賀さんは、先輩からコツを教えてもらいながら作業を進めていきます。
古賀崇真子さん:
力加減がすごく難しいですね。節子さんは大ベテランなので、節子さんに教えてもらいながらやってます。
藤原節子さん:
私も教えてもらったこともある。教え甲斐がある。吸収が早いからね。若いわね。
佐賀県鳥栖市で生まれ育った古賀さん。
7年前、前の職場を辞めたあと、「ものづくり」の仕事がしたいと考えていたとき、偶然、飯南町がしめ縄職人を募集していることを知りました。
古賀崇真子さん:
3年間協力隊として、しめ縄職人で働きませんかっていうのがあったので、おもしろそうだなと思って。出雲大社さんもすごく好きだったんで。
地域おこし協力隊員として2020年、飯南町に移住。
3年間の任期を終えたあとも町に残り、職人としてしめ縄づくりを続けています。
古賀崇真子さん:
佐賀で仕事をしてる時に、東のほうで焼き物やってる人とちょっと関わることがあったんですけど、東の方ってもう廃れちゃって技術が残ってないことがあるんですよ。
「続ける人がいないと残らない」
古賀さんのふるさと・佐賀県は、「有田焼」や「伊万里焼」など焼き物の産地。
しかし、有名産地がない地域では窯元の数が減り、担い手の確保が難しいといいます。
そうした現状を目の当たりにして、古賀さんは伝統技術の継承には「廃れさせない」ことが重要だと痛感。
その想いに強く押され、「しめ縄作り」を続けることにしました。
古賀崇真子さん:
今までやってきた人たちがずっといて、それで今つながってるので。
だから、それを次につなげるために、いろいろな人たちと一緒に協力しながらやっていけたら。
山間に息づく伝統の技。
次の時代にそのバトンを渡したいと、古賀さんは作業場でワラと向き合います。