プレスリリース配信元:アスタミューゼ株式会社
アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、自律実験に関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

自律実験とは?
自律実験(自律型実験/自動実験/自動化実験)とは、実験の計画と実行、結果分析までふくめた研究開発の過程を、AIやロボット技術を活用し、人間の介入をおさえて実施する研究手法のことです。
自律実験の起源は、2009年、イギリスのアベリストウィス大学(当時)のロス・キング教授らが開発したシステム「Adam」です(注1)。
注1:R. D. King et al., "The Automation of Science", Science 324, 85(2009).
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1165620
「Adam」は、酵母の遺伝子と酵素の関係について、みずから20の仮説を立て、数千回の実験を自律的に実行してその仮説を検証しました。この検証において、人間は材料の補給と廃棄物処理、清掃のみを実施しました。「Adam」による検証結果に対し、ロス・キング教授らは追試をおこない、結論と一致することが確かめられました。
科学の研究開発は、研究者の暗黙知や経験にもとづく仮説立案と、手作業による地道な試行錯誤(パラメーターの微調整、合成、評価の反復)に依存していました。「Adam」は仮説の立案から実験の実行、結果の分析、仮説の修正までの一連を、世界で初めて人間の介入をおさえて完結させました。「Adam」はAIとハードウェアを統合し、自律的な発見をおこなわせる、「自律実験」という概念の原点となりました。
2019年には、機械学習アルゴリズムの高度化にともない、トロント大学のアラン・アスプル・グージック教授らが「Self-driving Labs(SDL:自律実験室)」という概念を提唱しました(注2)。
注2:Alan Aspuru-Guzik et al.,” Next-Generation Experimentation with Self-Driving Laboratories”, Trends in Chemistry 1, 282(2019).
https://doi.org/10.1016/j.trechm.2019.02.007
教授らは、自律実験の重要な要素として、単にあらかじめインプットされた実験動作を人手なしで実施すること(自動化)だけではなく、実験結果を評価して次に試すべき最適な条件を予測し、人間が介入せずとも計画を修正すること(自律化)もあげています。
AIの急速な発達にともない、情報科学を活用して材料の探索や試作、評価をおこなう、新しい材料開発である「データ駆動型材料開発」の一分野としても、自律実験に注目が集まっています。
自律実験は研究開発の自動化・自律化により、
- 実験操作の機械への代替による、研究者の肉体的負担の軽減と研究開発人材の不足解消
- 無用な実験の回避による、研究開発期間の短縮と廃棄物削減
- 実験操作のデータ化による、研究ノウハウの継承
といった価値をもたらすことが期待されています。本レポートでは、科学の研究開発における、AIやロボットを活用した、仮説構築や実験操作、考察の自動化・自律化に焦点をあて、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、自律実験の開発動向を分析します。
自律実験関連技術の研究予算動向
グラント(科研費などの競争的研究資金)には、まだ論文発表にいたっていない、新たなアプローチや研究に対する投資といえます。グラントの傾向は、社会実装までに比較的長い時間を要する技術の研究開発動向と考えられます。
アスタミューゼの保有するグラントデータベースから、研究概要文に「autonomous lab」、「laboratory automation」、「self-driving lab」などのキーワードをふくむ、2015年以降に開始したグラント約500件を抽出しました。
図1は、2015~2024年の期間における、自律実験に関連するグラント配賦額上位5か国のプロジェクト件数動向です。ただし、中国はグラントデータを非公開としており、実態を反映していない可能性が高いため除外しました。また、公開直後のグラント情報にはデータベースに格納されていないものもあり、直近の集計値については過小評価されている可能性があります。

図1:自律実験に関連する研究プロジェクト件数の国別の推移(2015~2024年)
図2は、研究プロジェクト配賦額の国別推移です。配賦金額はプロジェクト期間で均等割りし、各年度に配分して値を集計しています。たとえば3年計画で3万米ドルのプロジェクトは、各年に1万米ドルを計上しています。

図2:自律実験に関連する研究プロジェクト配賦額の国別の推移(2015~2024年)
2024年までの10年間で、自律実験に関する研究開発への資金配賦額は増加傾向にあり、直近5年間でのAIと情報通信技術の急伸により、その傾向は強まっています。
国別にみると、件数・研究配賦額ともに米国がトップです。とくに2020年以降、配賦額で他国と大差をつけています。米国では自律実験の概念がいちはやく政府に認識されたことが背景にあります。
米国では、自律実験の概念が提唱された2019年の7~10月にかけて、米国の科学者と技術者をあつめ、AIの科学研究への活用機会について検討する会議が実施されました。2020年にその結果を2020年にDOE(米国エネルギー省)が政府向けに「AI for Science」レポート(注3)としてまとめました。
注3:DOE “AI for Science: Report on the Department of Energy (DOE) Town Halls on Artificial Intelligence (AI) for Science”
https://www.osti.gov/biblio/1604756
この報告書には「self-driving lab」の概念についても言及があり、米国政権が自律実験の分野を知り、研究と実験へのAI活用の重要性を認識するきっかけとなったと考えられます。
2025年に米国は、AIを活用して科学研究における発見を加速させるためのとりくみである「Genesis Mission」を公表しました。10年以内に研究開発の生産性とインパクトを拡大することを目標としたもので、この中でDOEは、実験室の自動化や大規模実験の自律制御など、実験室の物理環境とAI・ロボティクスを連携させるプロジェクトに3億2,000万米ドル規模の投資を実施する、と発表しました(注4)。
注4:DOE “Energy Department Advances Investments in AI for Science”
https://www.energy.gov/articles/energy-department-advances-investments-ai-science
米国は、自律実験の分野を牽引するため、今後さらに研究プロジェクトへの投資を拡大すると考えられます。
米国のとりくみが諸外国への刺激となり、他国においても、巨額の資金が配賦されたプロジェクトが立ち上がっています。以下に自律実験に関連する、各国の配賦額の高いグラントの事例を紹介します。
- MIP: BioPolymers, Automated Cellular Infrastructure, Flow, and Integrated Chemistry: Materials Innovation Platform (BioPACIFIC MIP)
- - 機関/企業:University of California-Santa Barbara
- - グラント名/国:NSF/米国
- - 研究期間:2020~2026年
- - 配賦額:約2,400万米ドル
- - 概要:酵母・菌類・細菌などの微生物を「生物工場」として活用し、石油由来の素材をこえる高性能な生体由来プラスチックの開発をおこなう。ロボットによる自動化合成と高スループット実験を活用することで、材料の探索・製造・評価を大幅に加速する。
- Autonomous Discovery of Advanced Materials
- - 研究機関/企業:UNIVERSITY OF SOUTHAMPTON他
- - グラント名/国:CORDIS/EU
- - 研究期間:2020~2027年
- - 配賦額:約1,100万米ドル
- - 概要:機能性材料探索の計算および実験でAI活用するためのプラットフォーム構築をめざす。計算過程では、AIと機械学習を使用し膨大な化学空間の中から有望な候補材料を自動的に絞りこむ。実験過程では、AIを搭載したモバイル型の「ロボット化学者」が自律的に合成と評価実験をおこなう。
- AI for Chemistry: AIchemy
- - 機関/企業:University of Liverpool 他
- - グラント名/国:UKRI /英国
- - 研究期間:2024~2029年
- - 配賦額:約700万米ドル
- - 概要:AIを活用した自律的な化学実験と反応最適化の推進が目標。ロボット工学と自然言語処理の専門家を結集する。データ共有基盤の整備や人材育成により、英国の化学研究をAI駆動型へと変革することをめざす。
- 非平衡合成による多元素ナノ合金の創製
- - 機関/企業:京都大学 他
- - グラント名/国:KAKEN/日本
- - 研究期間:2020~2025年
- - 配賦額:約6億3,000万円
- - 概要:通常はまざりあわない金属元素同士を、高温・高圧下で瞬間的に非平衡状態にし、常温・常圧へすばやくもどすことで、原子レベルで均一に混合したナノ合金をつくる研究。材料のスクリーニングには機械学習を、材料合成にはロボットアームを利用して自動化した合成装置を活用する。
自律実験関連技術の論文分析
論文は大学や学術機関による研究成果をしめすものであり、社会実装までの期間は、グラントよりみじかく、特許よりはながい技術の動向を反映します。
グラントと同様のキーワードをタイトルまたは要約にふくむ、2015年以降に出版された論文約2,900件を抽出しました。図3は、2015年以降に出版された、自律実験に関する論文数上位5か国に日本を加えた計6国の、筆頭著者の所属国別の年次推移です。

図3:自律実験に関連する研究論文の出版件数の国別年次推移(2015~2024年)
米国が他国の倍以上の件数でトップです。グラントの分析でみられた、研究開発への巨額投資を着実に成果にしてきていることがうかがえます。
2022年以降は中国が二番手につけ、日本・英国・ドイツ・カナダに対し、一歩抜きんでている状況です。
論文母集団に「未来推定」分析を行いました。アスタミューゼではキーワード出現数の年次推移を算出することで、近年伸びている技術要素を特定する「未来推定」という分析により萌芽的な分野の予測をしています。キーワードの変遷をたどることで、すでにブームがさっている技術やこれから脚光をあびると推測される要素技術を可視化することができます。これから発展する技術内容や黎明・萌芽・成長・実装といった技術ステータスの予測が可能となります。
図4は、2015~2024年の10年間における、自律実験に関する論文の概要にふくまれている特徴的なキーワードの年次推移です。成長率(growth)は全期間の文献内における出現回数に対する後半5年間の出現回数の割合です。1に近いほど直近の出現頻度が高い判断できます。

図4:自律実験に関わる論文概要に含まれる特徴的なキーワードの年次推移(2015~2024年)
「synthesis-characterization」や「design-build-test-learn」など、実験操作だけでなく、実験結果の評価と分析までをセットで実行するシステムが想定されるキーワードが成長率上位に見られます。実験できまっておこなう操作をくりかえす段階から、考察と今後の展開構築も自動で実施するシステムの開発がはじまっているようです。
領域名では「materials-science」がおおくなっています。無数の材料候補から目的の物質を探索するうえで、実験を自動化して開発を高速化しようという狙いと考えられます。一方、出現数はおとりますが「biochemical」や「biofoundry」など、バイオテクノロジーに関するキーワードもあり、生物実験での自律実験活用がはじまってきていることが見えてきます。また「chemputer」や「openflexture」など実験操作の自動化ソリューションを共有するプラットフォームに関するキーワードも見られます。自律実験技術の研究開発だけではなく、実装と普及がすすめられていることがうかがえます。
以下は、これらのキーワードをふくむ、注目の論文事例です。
(以降、自律実験に関する論文事例、特許出願傾向の分析と事例、および全体のまとめについては、弊社コーポレートサイトの該当ページでご確認ください)
著者:アスタミューゼ株式会社 神田 知樹 修士(工学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「自律実験」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。
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