広島市中心部の基町地区に、児童の約6割が外国籍という公立小学校がある。言葉も文化も異なる子どもたちが同じ教室で学ぶ日常。“多文化共生”が現実の課題となる今、学校はどのように子どもたちを支えているのか。その現場を追った。
違って当たり前「多国籍小学校」
午前8時。ランドセルを背負った子どもたちが元気よく校門をくぐる。
教室のドアを開けた先にいるのは、育った環境も言葉も異なる子どもたち。しかし、ここではみんな同じクラスの仲間だ。
「ネパールから来ました」
「中国です」
教室の「給食当番表」も、日本人の名前とカタカナの名前が自然に混ざっている。国籍の違いは特別なことではなく、この学校の日常風景なのだ。
ゆるやかな川の向こうに高層アパートが並ぶ広島市中心部の基町地区。街の輪郭を形づくるように、“コンクリートの壁”が空へと伸びる。その建物の真ん中にあるのが広島市立基町小学校だ。

現在、この学校に通う児童は104人。そのうち約6割が外国籍で、中国を中心にベトナムやネパールなどさまざまな国の子どもたちが学んでいる。
背景には戦後の「原爆スラム」
基町地区には“広島の戦後”を象徴する歴史が刻まれている。
原爆投下で壊滅したこの地区に、かつて多くのバラックが密集し「原爆スラム」と呼ばれた場所があった。その後の再開発で建てられたのが「基町アパート」である。
1980年代には、戦後の混乱で中国から日本に帰国できなかった中国残留邦人が移り住み、外国にルーツを持つ人たちが増えていった。そうした地域の背景から、基町小学校は“多文化共生の学び舎”となった。
避けられない“言葉の壁”
4年生の算数の授業。
「0.2×4は0.8なんだけど、自分で式を書いてみよう」
授業は基本的に日本語で進む。ただ、子どもたちの言語環境は一人ひとり違う。言葉の壁をどう乗り越え、成長していくか。基町小学校にはここだけの学びのかたちがある。
来日したばかりの児童がいる6年生のクラスでは、日本語指導コーディネーターが寄り添う。
「水筒、ドリンクホルダー。水を入れる、飲みます。わかった?」
言葉の一つひとつを、ゆっくりと丁寧に伝える。
学校には通常のクラスとは別に日本語教室があり、専属教員と日本語講師あわせて7人が子どもたちを支えている。日本語講師の笹野口紀子さんは、子どもたちの成長の様子をこう話す。
「半年くらいで友達や先生と簡単なコミュニケーションは取れるようになります。ただ、日常会話になると早い子で1年くらい、だいたいは2年くらいですね」
日本語教室で学ぶネパールの児童
日本語教室では、2025年にネパールから来た5年生の女の子2人が勉強していた。
「パンは麦のこなでつくります」
プリントの空欄にひらがなで「むぎ」と書き込む。この教室で、漢字の読み書きなど日本語の基礎を学んでいく。
国語の長文読解も容易ではない。
「私は弟の誕生日にスペシャルなハートの形のパンケーキを作りました」
先生が問いかける。
「何を作りましたか?」
「ハートのパンケーキ」

来日からまもなく1年。2人とも話せる日本語が少しずつ増えてきた。そのうちの1人、バンダリ・イサニさんは、この学校の楽しさをこう話す。
「ここはいろいろな国の人たちがいるので楽しいです。難しい日本語を友達に聞いたら、英語にしたりやさしい日本語で教えてくれます」
給食も文化の違いを越えて
給食の時間。1年生の教室をのぞくと、お弁当を持ってきている児童の姿があった。お弁当には、食べ慣れた料理が入っている。
外国籍の子どもたちにとって向き合う壁は言葉だけではない。食文化の違いもある。
それでも学校では少しずつ日本の味に挑戦している。児童を見守りながら先生が言った。
「今、日本食を練習しているところです。先に給食を頑張って食べてから、お弁当を食べようねって声をかけています」
日本の味を知り、少しずつ好きになっていく。学校生活に溶け込むための大切な一歩だ。
大学生が支援する“もう一つの居場所”
放課後の体育館には、子どもたちの笑い声が響いていた。大学生と外国籍の子どもたちが体を動かして遊んだり、ゲームを通して交流するイベントだ。
「絵合わせカードリレーゲームをします」
ひらがなで「らーめん」や「てんぐ」などと書かれたカードと、絵のカードを組み合わせるゲームで、遊びながら日本語を学んでいく試みである。
企画したのは比治山大学2年の俵柚乃さん。現代文化学部で言語や日本文化を学んでいる。
大学1年のときに子ども食堂のボランティアを経験し、子ども支援への思いが強くなったという。

「学校外でも居場所をつくるために、私たちが動かないといけないと思いました」
子どもたちの笑顔は次第に増えていった。
「楽しかったです」
「またイベントがあったら行きたいです」
外国人とともに生きる社会が広がる中、自分たちに何ができるか。若い世代も考えている。
「子どもたちが私たちのことを先生と呼んでくれる。年齢や国籍に関係なく、近い存在になれたらいいなと思います」
6年生へ世界の言葉で「ありがとう」
年度末が近づくある日、体育館で6年生を送る会が開かれた。
進行を担当したのはネパール出身の5年生、バンダリ・イサニさんだ。
「ありがとうございました。次は2年生の皆さんお願いします」
ここでは国籍は関係ない。外国籍の児童も日本の児童も同じように役割を担う。
学年ごとに合奏やダンス、歌などを披露。さらに基町小学校ならではの演出があった。
「謝謝」
「カムサハムニダ」
「テリマカシ」
“世界の言語”で届けられる「ありがとう」。文化や国籍の違いがあっても、一緒に学ぶことができる。そのことを子どもたちは知っている。
異文化の中で育つ「人権感覚」
6年生の佐々木高志郎さんはこう話す。
「いろいろな国の人がいるので文化も知れるし、困ったときは助けてもらいました。周りの人のために率先して行動できる人になりたいです」
中国・内モンゴル自治区から来日した6年生のエメンデリゲルさんも、笑顔で学校生活を振り返る。
「最初は日本語がわからなくて泣いたりするので、お父さんとお母さんは不安でした。でもできるようになって、とても喜んでいました」
基町小学校の森貞小百合校長は、多文化の環境が子どもたちに与える影響をこう語る。
「多文化で多様性に富んでいることが、子どもたちにとっては当たり前になっています。何も意識しなくても自然と人権感覚が高まり、お互いを大切にして認め合うことができていると思います」
言葉や文化の違いを越えて成長する子どもたち。その姿は、これからの多文化共生社会の一つの未来を映しているのかもしれない。
(テレビ新広島)
