東日本大震災から15年が経った。福島県浪江町出身の横山和佳奈さん(27)は、当時小学6年生で、津波により自宅と祖父母を亡くした。現在は震災伝承施設の職員として、そして語り部として、自らの言葉で経験と命の尊さを伝え続けている。

震災を「自分ごと」に

福島県双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」。横山和佳奈さんは、開館まもない5年前からこの施設で働いている。
「ここでどんな悲しい事があったのかを知って『へ~』で終わっちゃダメだと思う。自分の身に降りかかったら『何が出来るだろう』というところまで考えてほしい」と横山さんは語る。

東日本大震災・原子力災害伝承館(福島県双葉町)
東日本大震災・原子力災害伝承館(福島県双葉町)
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昨年度の入館者は約8万6500人で、これまでで最も多かった前の年より7000人ほど減少した。しかし、今年度は北海道・三陸沖後発地震注意情報の発表などで災害への関心が高まり、入館者は9万人ほどに増える見込みである。
横山さんは、来館者には「伝承館に来ていない家族や知り合いに『こういうのを見たのだけど、あなたならどう考える』という風に、さらに輪を広げていって欲しい」と願っている。

津波で失った祖父母と故郷

横山さんの故郷は、津波による死者・行方不明者が180人を超える浪江町である。震災当時は小学6年生で、津波で祖父母2人を亡くした。
2014年の夏、高校生になったばかりの横山さんは、自宅のあった請戸地区を訪れた。浪江町請戸地区は2017年3月31日の避難指示解除まで15歳以下の立ち入りは規制されていため、ここを訪れるのは震災後まだ2回目だった。

規制があり自由に帰れなかった故郷へ(2014年撮影)
規制があり自由に帰れなかった故郷へ(2014年撮影)

帰りたくても帰れない故郷。震災から15年が経ち、自宅があった場所は津波などの被害を防ぐ防潮林に変わった。
「どうしても“無いもの”に目が向いてしまう。人も増えて欲しいし、お店も増えて欲しいし、もっと賑やかな町になってくれたら良いなって」と話す。

祭りで感じる故郷の絆

2026年2月、請戸地区で300年以上続く伝統行事「安波祭(あんばまつり)」が行われた。豊漁や豊作を願って神楽と田植踊が奉納される。
この日、横山さんも10歳から踊ってきた田植踊を披露した。

2026年2月15日 安波祭で田植踊を奉納
2026年2月15日 安波祭で田植踊を奉納

「請戸地区が震災前の通りに戻ることはもうない。でも、こうして神社が建って人が集まってくれるだけでも、震災前の請戸地区を感じることができる。このままお祭りが続いて欲しい」と横山さんは言う。
浪江町に戻った人は震災前の約1割に留まるが、この日は多くの人が集まり、笑顔が戻っていた。

「奇跡」の経験を次世代へ

横山さんの母校・請戸小学校は、海から約300メートルの場所にあった。
発災時、帰りのホームルーム中だった児童82人は、学校から約1.5キロ離れた大平山に避難し、全員が助かった。これは「奇跡」と呼ばれている。
横山さんは「先生に指示をされなくても、上級生が自主的に下級生のサポートをしていた。そういった絆の強さは大きかったのかな」と振り返る。

現在は震災遺構となっている横山さんの母校
現在は震災遺構となっている横山さんの母校

現在、横山さんは月に1回ほど『語り部』として、この経験を伝えている。

「2011年6月と7月に警察から電話が来ました。遺体の状態が良く無いので火葬してあります。なので、遺骨を取りに来てください』って言われたんです」

真剣な表情で話を聞くのは、震災を知らない中学2年生。

真剣に耳を傾ける震災を知らない世代
真剣に耳を傾ける震災を知らない世代

「津波の情報が出たらすぐ避難すること。私のおじいちゃんは当時80歳。80年間、請戸地区に津波は1回も来なかった。だから今回も来ないと思って避難しなかったのだ。そういった思い込みで亡くなってしまった方が、残念ながら沢山いる。皆さんはそういう事をしてはいけない。絶対ダメ」

自分だから伝えられること

話を聞いた生徒は「家族と地域の避難場所について話してみたい」「津波や地震の怖さを改めて感じることができた」と話す。
横山さんは「家をなくし家族を亡くしている自分だからこそ『無念さ』とか『悔しさ』みたいなものはダイレクトに伝えることができるのかなと思う」と語る。

自分の言葉で語り継ぐ
自分の言葉で語り継ぐ

「こういう体験があったからこそ、皆には同じ経験をして欲しくない。皆は自分自身の命も、家族の命も失ってほしくない」
横山さんは15年前の経験と、命の尊さを自らの言葉で語り継ごうとしている。

(福島テレビ)

福島テレビ
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