プレスリリース配信元:国立大学法人千葉大学
千葉大学大学院理学研究院の寺崎朝子講師、高野和儀助教、同大大学院融合理工学府の博士後期課程1年の井上幸大氏、博士前期課程2年(研究当時)の生駒千枝子氏らの研究グループは、山梨大学大学院総合研究部の繁冨英治教授、小泉修一教授、福岡大学理学部の中川裕之教授とともに、アストロサイト(注1)の構造を培養条件下で維持しながら、タンパク質の挙動を観察する手法を開発しました。アストロサイトは細胞表面の微小突起で神経細胞や血管に接触して中枢神経系を制御しており、疾患に伴う形態変化も観察されています。本技術はアストロサイトの形態制御機構の解明につながり、将来的に創薬研究への利用も期待されます。
本研究成果は、2026年2月19日に国際雑誌 Journal of Cell Scienceに公開されました。また、本研究は特に注目すべき論文を紹介するResearch Highlightに選出され、さらに研究の着想や意義を著者本人が語るFirst Personにおいて、生駒氏、井上氏のインタビュー記事が掲載されています。
■研究の背景
脳内には神経細胞の他に様々な細胞が存在し、細胞間相互作用によって神経ネットワークを維持しています。特にアストロサイト(星状膠細胞)は多数の分枝を持つ形態と多様な機能から「神経科学研究の次世代の星」と呼ばれることもあります。アストロサイトは細胞表面のPAP(peripheral/perisynaptic astrocyte process)と呼ばれる微小突起を介して、他の細胞に接触して神経細胞の興奮や血管からの栄養供給を制御しています(図1)。PAP の主成分は繊維構造を形成するアクチン系細胞骨格(注2)で、PAP の形態変化は記憶のメカニズムとも関係し、その形態異常はアルツハイマー病などの疾患の原因とも指摘されています。
PAPを含む細胞の微細構造や細胞運動は数百種類のアクチン結合タンパク質によって制御されており、アクチン結合タンパク質の機能は培養細胞を用いた高解像度の観察による知見が基盤となっています。しかし、脳組織から単離したアストロサイトは、一般的な培養条件では分枝や PAP を失うため、アストロサイトの形態を制御するタンパク質の解析は、脳切片やマウス個体を用いた高度な技術を要していました。研究グループは簡単かつ大量に調製できるニワトリ胚由来のアストロサイトを用いて、顕微鏡観察に適した低密度で生体内に近い形態に分化する培養条件を確立していました(参考文献1)。

図1:アストロサイトを中心とする細胞間相互作用と本研究で観察した PAP のアクチン系細胞骨格
■研究の成果
本研究では培養アストロサイト内のタンパク質の動きを生きたまま観察するために、微細構造を維持しながら蛍光タンパク質ベクター(注3)を遺伝子導入(注4)する条件を確立しました。この手法を用いて、脳組織内のアストロサイトの PAP のマーカーとして知られているアクチン結合タンパク質 ezrin が培養アストロサイトの PAP の微絨毛部分に局在することを確認しました。さらに、以前の研究で中枢神経系組織のアクチン結合タンパク質として発見した lasp-2(参考文献2)の挙動を観察したところ、PAP の糸状仮足および葉状仮足とそれらの基部の楕円形の接着構造に局在し、どちらの PAP も活発に動いていることが分かりました(図2)。

図2:GFP-ezrin(緑)と mCherry-lasp-2(赤)は異なる PAP に局在するhttps://youtu.be/9NUYz7AGE4A
これらの結果から、これまでは1種類の構造と考えられていた PAP が、異なるアクチン結合タンパク質に制御される多様で運動性の高い構造であることが明らかとなりました。さらに、lasp-2 は伸長する分枝の先端部や新しい分枝の形成部に集積することも分かり(図3)、アストロサイトの分枝形成に重要な役割を担っている可能性が示されました。

図3:アストロサイトに導入した lasp-2 は、伸長する分枝の先端部(円弧)や新しい分枝(カギ括弧)に集積し、分枝の退縮時(矢尻)は消失した
■今後の展望
本研究で開発された手法によって、アストロサイト内のタンパク質の挙動を、生体内に近い条件で簡便かつ高解像度で観察することができるようになりました。今後は細胞間相互作用や疾患に関与すると推定されているタンパク質の挙動を解析するとともに、タンパク質の量を変化させて形態や PAP の運動性に及ぼす影響を解析する予定です。アストロサイトは様々な神経疾患の治療薬のターゲットとなることから、本研究成果が脳疾患のメカニズムの解明や創薬研究にも活用されることを願っています。
■用語解説
注1)アストロサイト:様々な生物の中枢神経系に豊富に存在するグリア細胞の一種で、星のような形(astron)が名前の由来になっている。
注2)アクチン系細胞骨格:アクチンが重合した繊維に様々なアクチン結合タンパク質が結合し、細胞の形態形成や運動の原動力となる。
注3)ベクター:細胞や個体に特定の遺伝子を運ぶための小さい DNAで、GFP(Green Fluorescent Protein、緑色蛍光タンパク質)などの蛍光タンパク質の遺伝子を付加したベクターは細胞内のタンパク質の挙動を観察する手法として用いられる。
注4)遺伝子導入:ベクターを培養細胞や組織に導入すること。電気的な刺激を使う方法や無害化したウイルスを使う方法などがあるが、細胞が損傷して微細構造を失う場合もある。
■論文情報
タイトル:Improved transfection methods for observation of cytoskeletal structures in primary cultured astrocytes
著者:Chieko IKOMA; Kodai INOUE; Kouta KASAI; Satoko TSUKUDA; Akiko TAMURA; Shihoko NAKATA; Yuto IWATA; Takumi TAMAGAWA; Ayako NAKAYAMA; Kazunori TAKANO; Eiji SHIGETOMI; Schuichi KOIZUMI; Hiroyuki NAKAGAWA; Asako G TERASAKI
雑誌名:Journal of Cell Science
DOI:10.1242/jcs.264312
■参考文献1)
タイトル:In Vitro Differentiation of Chicken Astrocytes: Growth, Morphology, and Protein Expression of Astrocytes in Primary Cultures.
雑誌名:Zoological science
DOI:10.2108/zs180102
■参考文献2)
タイトル:A novel LIM and SH3 protein (lasp-2) highly expressing in chicken brain
雑誌名:BIOCHEMICAL AND BIOPHYSICAL RESEARCH COMMUNICATIONS
DOI:10.1016/j.bbrc.2003.11.085
■研究プロジェクトについて
本研究はダイバーシティ研究環境実現イニシアティブの支援を受けて実施しました。
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
データ提供 PR TIMES
本記事の内容に関するお問い合わせ、または掲載についてのお問い合わせは株式会社 PR TIMES (release_fujitv@prtimes.co.jp)までご連絡ください。また、製品・サービスなどに関するお問い合わせに関しましては、それぞれの発表企業・団体にご連絡ください。