「非大統領的」な大統領

 
 
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トランプ大統領の人気は「非大統領的」に振る舞うところにあるのだと気づいた。

9月29日(現地時間)米ウェストバージニア州ホィーリングの集会でのトランプ大統領の演説をネット中継で見ていた時のことだ。1時間18分にも及んだ大統領の演説に飽きるどころか引き込まれて、私もある種聞き惚れてしまったのだ。

「ヘロー、ウェストバージニア!」と挨拶というよりも呼びかけで始まった演説は、草稿なしで観衆の反響を見ながら緩急自在にアドリブを繰り出すトランプ節そのものだった。

金正恩氏からの”ビューティフル”な手紙

 
 

トランプ大統領は中間選挙を前に、激しい攻防が続いている最高裁判事の任命問題などで民主党を攻撃していったが、私が耳をそばだてたのはやはり外交問題だった。

「当選してホワイトハウスへ行った時、オバマ大統領はこう言ったんだ。今この国が抱える最大の問題は北朝鮮だってね。彼はね、分かるかい、もう少しで戦争になりそうだって言ったんだけど幸いなことに彼の時代は終わったんだ。そうでなかったら戦争だったんだ。そんなことになったら、何百万人が殺されるということなっていたはずだ。何しろ北との国境から30マイル(約48キロ)のソウルには3000万人居るのだから。」

あえてくだけた話し言葉にしたが、演説は友達に話すような口調でこの後北朝鮮に対して厳しい態度をとったことで北朝鮮側が軟化して金正恩委員長との首脳会談が開催されたと自賛する。

 
 

「だから今は最高なんだ。もともとは大きな問題でね、面白いことにこっちが強く出ると彼(金委員長)も強く出てきてね、行ったり来たりしているうちに二人とも恋に陥ったというわけなんだ。オーケー、そうじゃないかも、彼はビューティフルな手紙を書いてくれたんだ。素晴らしい手紙だ。それで恋に陥ったんだ。でもそう言うと彼ら(マスコミ)が気分を悪くさせるのさ。(記者席を指差して)彼らはドナルド・トランプは恋に陥ったって、なんてひどいことだと言うのさ。なんてひどい非大統領的なことだってね。いつも言っていることだけど、大統領的になることなんかわけないんだ。だけどそれはそこにいる200人(のマスコミ)用であって、ここをいっぱいにしてなお10000人が中に入れないでいる人たち向けじゃないんだ。でも大統領的になってみようか。簡単なことさ」

同じ言葉で語る指導者が好き

 
 

ここで演壇上のトランプ大統領は紙を取り出し、目を近づけてボソボソと喋り出す。

「みなさんようこそお出でくださいました。えー、紳士淑女のみなさんは、(ブッシュ元大統領が米国の多様性を表現した)千本の光線のような偉大なアメリカ人ですね・・・なんてね。でもそんなことを言っても誰もなんのことか分からない」

これに、観衆は大ブーイングを浴びせてトランプ大統領の非大統領的な態度に共感する意思表示をするのだ。

ワシントンやニューヨークのプロの政治家やジャーナリストにとってこうした大統領の態度は「稚拙」と映り、自分たちの代表とは思いたくないのだろう。しかし、市井の人は同じ言葉で喋る指導者に好意を寄せるものなのだ。
米国の政治は「非大統領的」対「大統領的」という構図で対立しているとも言えそうだ。

(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

(イラスト:さいとうひさし)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。