昨年の訪日外国人の数は、過去最高の2869万900人。

2020年には東京五輪があり、政府目標の4000万人突破も夢ではない。一方、異なる文化や言語を持つ人々が増えたことで、日本社会にさまざまな課題が生じている。

その一つが、食文化の違いだ。

ご存知のように、訪日数が急増しているイスラム圏の人々は、宗教上豚肉やアルコールは禁止されている。ユダヤ教やヒンズー教徒も、食事に厳しい制限がある。

さらに、こうした人々の多くは、日本語が通じない。

では、彼らに日本で食文化を楽しんでもらうためには、どうすればいいのか?

その答えは、実は1964年の東京五輪にあった

当時多様な言語を持つ人々を「おもてなし」するために、先人たちがつくりあげたのが「ピクトグラム(絵文字)」だ。

空港やトイレなど設備の案内、さらには競技シンボルにピクトグラムを使用した東京五輪は、その後の五輪のレガシーとなった。

2020年の東京五輪に向けて、多様な食文化に対応するため、食のピクトグラムを開発、普及に努めているベンチャー企業がある。

株式会社フードピクトの代表取締役菊池信孝さんに、鈴木款解説委員がインタビューした。

 
 
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言葉の限界が見えたときに閃いたピクトグラム

ーー菊池さん、まずは食のピクトグラム(絵文字)を開発しようと考えたきっかけを教えてください。

高校生の時に9.11同時多発テロが起こり、初めてリアルタイムに『戦争』が起こるのをみて、世界平和や国際貢献について関わる仕事をしたいなと、大阪外語大学に入学しました。

大学には、たくさんの留学生がいましたが、ベジタリアンやイスラム教徒の学生は、「外食が難しい」とか、「学食でも食べられるものがなくて、毎食自炊している」と。

その話を聞いて外国語の大学として少し恥ずかしいと思い、サークルを立ち上げて、学園祭のとき、飲食の店舗で日英中韓の4言語で肉の種類とアルコールを表示するポスターを貼り出しました。

これはおおむね好評だったのですが、どの言語もわからない留学生がいて、言葉の限界が見え、ではイラストにしたらいいんじゃないかと考えて、食材のピクトグラムを作ったのがスタートです。


ーーその後この活動を続けてきたのですね?

2009年に卒業後、最初は広告代理店で勤務しながら、二足のわらじでフードピクトのためにNPOを作りました。

いま東京五輪が決まって、フードピクトの類似品がたくさん出てきたので、去年フードピクトの活動を分社化、株式会社にしました。

この会社では、デザイン使用のライセンスや表示スタンド、フードピクトがシールになっているシールブックの販売のほか、ホテルや飲食店の料理人や店長さんを対象にした研修・コンサルティングもやっています

 
 

ーー会社での業務は、フードピクトの普及がメインですか?

いまは、全部で4つの事業やっています。

まずフードピクトの事業からスタートしたのですが、この技術を使っておととし総務省消防庁と避難所で使える防災のピクトグラムを扱っています。

 
 

ほかにも、多様な食文化、多様性そのものを知ってもらうために、教育や啓発活動もやっています。

たとえば小学校に出張授業を行い、世界中の食品のパッケージを使って、いろいろな食文化や価値観を知ってもらうような、食育と国際理解を掛け合わせたような授業を行っています。

また、外国人だけでなく障害のある人やLGBTにも入ってもらい、多様性について知ってもらうプログラムもあります。


ーーそれは子どもたちが多様性を知るためにいい機会ですね。フードピクトの普及活動は、もう10年になるのですが、利用者の反応も変わってきましたか?

フードピクトは、主に空港や外国人客の多いショッピングモールで、使ってもらっています。

いま一番利用が多いのは、ホテルの朝食のビュッフェですね。

フードピクトを利用して頂いたお客様は、ほぼ毎年更新してもらっています。

お客様からは、「言葉が話せなくてもきちんとコミュニケーションができるので、接客コストの削減ができた」という評価を頂いています。

飲食店からは、「注文を決めるまでの時間の短縮につながるので、客の回転が良くなった」という声を頂くことが多いですね。


ーー訪日外国人からの評判はいかがですか?

イラストがあることで、食べたい料理が食べられるようになったという声があります。

活動を始めたときは想定していなかったのですが、日本人でアレルギーがある方から、「これまでは忙しい時間だと店員さんに聞くのを躊躇して、とても少ない選択肢の中で食事をしていたんだけど、フードピクトのあるお店に行くと、自分で選ぶ楽しみが出てきました」という話もありました。

 
 

フードピクトのライセンスをフリーに

ーーいま海外では、食材のピクトグラムはあるのですか?

海外で食材を絵文字表示するのはまだみたことがないですね。

ベジタリアンの多い国にはベジタリアンマークがありますが、インドでは日本の国旗の緑色のようなものが使われています。

イスラム教徒の多い国はハラルマークがあり、アラビア語でハラルと書いていますが、表示の規格はバラバラです。


ーーフードピクトを今後、国際基準にする予定はありますか?

ISO(国際標準化機構)に登録する場合、3年くらいかけて審議・調査されます。ISOに登録されると、版権は手放すことになりますが、世界の統一規格になります。

しかし、影響力はありますけど、強制力はないので本当に世界共通と言えるのかどうか。

JIS(日本工業規格)もありますが、登録に時間と費用がかかります。

やはり、先に民間でデファクトとして広め、その後行政が動くというかたちのほうが速いし現実的ではないかと考え、いまそういう動きをしています

ーー最後に今後の展望を教えてください。

フードピクトのライセンスを、オリンピックの前に誰でもフリーに使えるようにしたいと考えています。

私たちは、ライセンス収益ではないビジネスモデルを模索しているところです。

その1つが、ウェブサービス。サーチメニューの中で食べられないものにチェックを入れて位置情報を入れると、その周辺のお店で食べられるメニューがでてきます。

ほかにも、食材のデータと料理の画像の組み合わせをAIに学習させて、たとえば目の前にあるたこ焼きの画像を撮ると、AIが成分分析して表示してくれるサービス。

いま学習し始めたところですが、ピザやラーメンは精度が高くて、ラーメンだと塩としょうゆと豚骨と見分けがつくようになりました(笑)。

マイクロソフトと組んで開発中で、製品化の際にはLINEから出す予定です。

いま日本はインバウンドが盛り上がっていて、一見『平和』に見えます。

しかし、宗教に厳格な訪日客の中には、外出をあきらめている人たちもいて、国から食品を持ち込んだり、ホテルで特別におにぎりを作ってもらって外出したり。

日本として、日本食を食べたいという外国人が多いのに、かなり残念な経験をさせている。

ビジネスの視点から見ても、日本の人口の何割かになる外国人訪日客を取りこぼしたままでいいのかですね。

また、アレルギーは自分たちで気を付けても限界があります。皆が安心して食べられるような環境が広がるといいなと思います。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。