「街で『見ちゃダメ!』は辛かった…」 義足のアスリート・井谷俊介 “恩返し”の東京2020へ

カテゴリ:国内

  • カーレーサーになることが夢だった大学生が事故で右膝から下を切断
  • パラ陸上との出会いが転機に…体幹の強さを武器に次々と記録を更新
  • 井谷選手の夢は東京2020で『最高の走り』をすること

“もうひとつのアジア記録”を持つランナー

6月末に行われた日本陸上選手権。日本記録保持者のサニブラウン選手の走りで大いに盛り上がったこの競技場に、もうひとつの男子100メートルでアジア記録を持つ「義足のランナー」がいた。

井谷選手:
SMBC日興証券所属、井谷俊介です。パラ陸上、短距離をやっています。

2017年に本格的に競技を始めた井谷選手。デビュー戦でいきなり優勝すると去年10月には、アジア記録をマーク。競技を始めてから1年足らずでアジアの頂点に立った

さらに今年の5月に行われた大会では、11秒55で自身のアジア記録を更新した。

井谷選手:
本当に信じられないくらいテンションが上がって。昨シーズンずっとそれを目標にして、一番達成したい目標、第1目標にしていたので、本当に悔しさとかいろんなものが、すべてがあの瞬間報われた。本当に気持ちよかったですね。

レーサーを目指した青年を襲った事故

今では健常者と変わらない生活を送っている井谷選手。いつも明るい彼だが、義足になった当初は、ふさぎ込んでしまう時期もあったという。

井谷選手:
街を義足で歩いたり電車に乗ってると、二度見だったり。子供とかが『ママあれ何?』って言うと、説明することもなく『見ちゃダメ』って言ったり。なんか悪い物って見られている時はすごい辛かったですね。

三重県大紀町出身の井谷選手。将来の夢は「カーレーサー」だった。しかし大学3年生の時、バイクで信号待ちをしていたところに車が衝突し、右ひざ下を切断。

井谷選手:
目が覚めたときに足が包帯でグルグル巻きになっていて、そこを見ると足が本当になくて、うわ…本当に足がないって、その時は絶望感というか。これから先どういうふうにやっていったらいいんだろう、自分の道が分からなくなってしまう、それが怖くて恐怖で。

「走ることが楽しい」大きな転機となった出会い

先の見えない絶望感…。

それでも母・久美子さんと訪れた、ある施設で見た光景が転機をもたらした。

井谷選手:
子供から年配の方までいろんな方が義足で、様々な障害の程度で、たくさんの方が走っているのを見て、僕も走りたいとなって。簡単な板を借りて走ってみたら、すごい風を感じる感覚が気持ちよくて、ただ走っているだけなのに、それだけで楽しくて楽しくて。

走ることが楽しい、もっともっと走りたい…それがパラ陸上との出会いだった。

井谷選手:
(競技用義足をつけて…)履くのにも結構慣れてないと痛かったり。こうピタっと引っ付いてるのが、これで空気が抜けてます。

井谷選手の武器は、体幹の強さ。義足の選手は体のバランスがとりにくいが、井谷選手は体幹が強く、軸がしっかりしているため、体のブレが少なく、後半のスピードが生まれる。

「同じ悩みを持つ人のために!」

そんな井谷選手には、どうしてもパラリンピックで叶えたい夢があった。

井谷選手:
(自分の走りで)同じように義足になったり障害で悩んでる人たちに対して、何か勇気や希望を与えられるんじゃないかなと。

日本パラ陸上に現れた新星・井谷俊介選手。夢の実現へ…。2020年の東京を誰よりも速く駆け抜ける。

井谷選手:
『東京で最高の走りを!』たくさんの応援のみんなの前で、お世話になった方たちに対して、自分の走りで最高の結果を出して恩返しをしたいと思います。

普段は100mだが、29日に出場した「ユニバーサルリレー」は、視覚障害、義足、脳性まひ、車いすの選手がリレーする東京パラリンピックの新種目。

井谷選手が東京2020の舞台で最高の走りを目指す。

(東海テレビ)

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