中国政府の不可思議・理不尽な行動

中国政府の不可思議、或いは理不尽な行動の本当の理由は良く分からないことが多い。

往々にして国内事情が絡むからだ。特に習近平指導部の面子に関わる場合、外から見れば全く理解に苦しむ行動をすることがある。

最近では、その一例として、日本人に対するビザの一時発給停止が挙げられるだろう。

かつて香港総領事を務めた元アメリカ外交官のカート・トン氏は、これについて「日本に対する措置は明らかに過剰でアンフェアだ。中国国内向けに強い姿勢を示す必要があったのだろう。しかし、報復を気にしてアメリカにはそんなことはしなかったし、何とか惹き付けたい欧州にもそんなことはしなかった。対日・対韓政策は国民が特に気にするからだろう」と言う。

中国のビザ発給停止で混乱も
中国のビザ発給停止で混乱も
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所謂ゼロ・コロナ政策とその突然の放棄で高まった国内の不満の矛先を逸らし、コロナ対策を指導した習近平主席の面子を少しでも救うための方便だった可能性が高いということになる。結局、反撃などしてこないし、されてもそんなに怖くない日本は体の良い人身御供のような扱いをされたのだと思うと、納得など到底出来ないし、するつもりも無いが、筋は通る。

4日には中国政府が飛ばした大型気球がアメリカ領海内の大西洋上で撃ち落とされた。

撃墜された中国の“スパイ気球”
撃墜された中国の“スパイ気球”

それにしても、見咎められない筈は絶対に無い、あんな大きな、ゆっくりと移動する気球を、何故、中国は飛ばしたのか、こちらも訝るばかりなのが大方であろう。

“気象観測用”としては不自然

ワシントンの消息筋は本当の理由はまだ分からないと言う。しかし、一番単純な理由として考えられるのは、中国政府が言うように、単なる気象観測用の気球が、不具合の結果、アメリカ本土上空まで漂ってしまったというものだという。しかし、アメリカ国防総省は“スパイ気球”と断じているし、そうでないなら、中国政府はもっと素早く白状し、アメリカやカナダに一足先に通告することが出来た筈である。だが、彼らはそうはしなかった。

アメリカ上空を飛行する大型気球
アメリカ上空を飛行する大型気球

ざっとチェックしただけだが、ワシントン・ポスト紙の報道などによれば、あの手の気球の場合、上等なものは飛行高度の調整が出来るのだという。目標に向かうのに都合の良い風を捉える為に高度を調整しその風に乗るらしい。素人考えだが、もしも、飛行高度の調整が出来たのなら、緊急事態には高度を下げて太平洋に着水させたり、明後日の方向に飛ばすことも出来た筈ではないか?しかし、実際にはアメリカ本土を多分当初の狙い通りに見事に横断した。しかも、似たような気球が他にも2個、アメリカの遥か南を飛行しているという。

偶然は考えにくい。

習近平指導部も知らなかった可能性?

次に考えられる理由は、アメリカ国防総省が言うように、あれは確かに“スパイ気球”だが、習近平指導部は何も知らなかった可能性があることだと消息筋は指摘する。

中国政府はとにかく規模が大きい。右手のやっていることを左手が知らず、指導部も報告を受けていなかったという可能性である。“スパイ気球”が狙い通りに飛行してアメリカ本土を横断したのか、或いは、例えば在日米軍基地など東アジアの目標を監視する為に飛ばした物が不具合であそこまで行ってしまったのかは別として、習近平指導部が知らないうちに、この大騒ぎになってしまったという可能性である。しかし、それを指導部は全く知らなかったとは多分口が裂けても言えない。何よりも大切な面子が丸潰れになるからだ。これなら大いに考えられるところかもしれない。

中国・習近平国家主席
中国・習近平国家主席

しかし、人民解放軍がアメリカ本土に向けて意図的に飛ばしたのだとするとその真の狙いが良く分からない。

CNNに登場したアメリカのクラッパー元情報長官は「あの気球で上空のスパイ衛星に優る情報を中国が得られるとは思えない(旨)」と断言していた。それに、仮に“スパイ気球”がアメリカの核ミサイル基地の情報を収集し得たとしても、それら情報を無事回収することは極めて困難らしい。実際、観測機器とデータの実物の物理的回収は望めないし、クラッパー長官は、こちらは言葉を濁してはいたが、アメリカには通信を妨害する能力がある旨を示唆していた。アメリカ本土上空を飛行中にデータを送信しようとしても出来ない相談の筈なのである。具体的な手法や効果には一切触れなかったが、国防総省も記者への背景説明で“気球の能力を減じる措置を講じた”と述べている。

とすると、それでも飛ばして、一体、何を得ようとしたのか?という大きな疑問が残る。

アメリカの反応を見る観測気球?

ここから先は頭の体操に入る。

ホワイト・ハウスやアメリカ軍の具体的反応を見ようと、まさに観測気球を飛ばした可能性はある。

イギリスの国際安全保障問題専門家、ポール・ビーバー氏は「バイデン政権の決意の強さとアメリカ軍の能力をテストしようとしたのだろう」と見る。さもありなんである。ただ、ブリンケン国務長官の訪中延期に見られるような反発やアメリカ及び日本等他国の対中世論の一層の硬化は容易に想像出来た筈である。普通に考えれば不利益も大きいが、今更、そんなことは気にしないということなのかもしれない。バイデン政権もアメリカ軍もウクライナの戦争で忙しい。しかし、気球ごときへの対応を誤り、舐められたら大変である。

アメリカ・バイデン大統領
アメリカ・バイデン大統領

更に穿った見方をすれば、自国の上空に目障りな監視装置が侵入してきたら、他国の所有物でも堂々と撃ち落として構わないという前例を中国はアメリカに作らせたかったのかもしれない。これで、例えば、中国上空にアメリカの監視用ドローンが侵入してきた場合、堂々と撃ち落とせる。同時に、それを前提に、自国上空或いは領空の定義を、自分達の都合の良いように拡大し、いずれ主張し始めるのである。南シナ海での彼らの行動を鑑みれば、空でも十分な力を付けたと自信を深めたら、そう動き始めても不思議ではない。台湾侵攻の準備の一環ということにもなり得る。

予算分捕り合戦でのアピール?

しかし、加えて、やはり国内事情も大きかったのではないかと、こちらも勘繰りたくなる。

まだ緒に就いたとも言えない対米緩和ムードに早々に水を差し、軍事強化路線に安易にブレーキが掛からないようにしたかった勢力が居るのかもしれない。もう少し単純に、やはり気球では役に立たないのでスパイ衛星網をもっと拡充すべきと訴えたい勢力が居るのかもしれない。或いは、ただ単に、軍事偵察用大型気球の能力を上層部に誇示したかった勢力が冒険に打って出ただけなのかもしれない。いずれにせよ、まず、国内の予算分捕り合戦で優位に立ちたいのだろう。

ただし、この予算拡大の目論見はアメリカ軍側の動きにも垣間見える。過去の気球飛来ではそんなに騒がなかったのに、今回は“適切”な対応を世にアピールしているが、そこに透けて見えるのだ。

こうした頭の体操をワシントンの消息筋は「クリエイティブでインタレスティングだ」と評した。しかし、このコメントは あいにく“突拍子もない”というニュアンスの方が強いと筆者には思われる。とすると、騒ぎはやはり習近平指導部の意図したものではなく、中国政府部内のボタンの掛け違いが原因の方が可能性は高いとワシントンの消息筋は現時点では見ているのかもしれない。

“スパイ”or“気象観測” 騒動の損得勘定

しかし、遠からず明らかになることはある。

気球が運んでいた観測機器の破片をアメリカ軍が回収し分析すれば、気象観測用だったのか、それとも“スパイ気球”だったのか、いずれ断定される。

考えにくいが、本当に単なる気象観測用だったならば、アメリカ軍・国防総省・バイデン政権は赤恥を掻く。中国国内ならいざ知らず、アメリカ政府がこれを隠し通すことは出来ない。そして、この問題に限ればバイデン政権は中国に屈することになる。中国政府も偶には正直に本当の事を言うんだと見直す向きも出てくるかもしれない。もしも、中国政府が最初からこれを狙っていたとすれば、まるで国際陰謀小説のようなとんでもなくクリエイティブな高等戦術になる。

他方、ダミーでもなく本物の“スパイ気球”だったと確認されれば、使われている部品、即ち、半導体やセンサー、通信機器等の製造元や流通ルートをアメリカ政府は徹底的に洗い出し締め付けるだろう。もしも、中国国内で製造されたと思しき部品に顕著なハイテクが使われていたら、その供給ルートも同様にやられるだろう。中国政府が受けるダメージは面子上も実利上も決して小さいとは言えない状況になる。

結局、この“スパイ気球”騒動の直近の損得勘定は真実次第ということになる。

万が一、“スパイ気球”に見せかけたダミーの気象観測気球だった場合は話が非常にややこしくなるが、この損得勘定はアメリカ政府と中国政府のどちらが正直だったのかに掛かっているのである。

ただし、その長期的結末は未知数でもある。

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。