歴史に刻まれる記録への挑戦

スノーボードアルペン日本代表、竹内智香。42歳。

日本女子スノーボード史上初のメダルを獲得。先駆者として走り続け、6大会連続でオリンピックに出場してきた。そして今、最後のオリンピックに挑もうとしている。

ミラノ・コルティナ五輪後の引退を発表した竹内智香選手 2025年5月29日
ミラノ・コルティナ五輪後の引退を発表した竹内智香選手 2025年5月29日
この記事の画像(8枚)

2025年春、竹内は大きな決断を言葉にした。

「次のオリンピックで競技の世界から退きたいと思っています」

これまで日本女子では、スキーの里谷多英氏がオリンピック5回出場、スピードスケートの岡崎朋美も5回。橋本聖子は冬と夏を合わせて7回の出場を果たしている。竹内がミラノ・コルティナ オリンピック出場を果たせば、冬季オリンピック7大会連続の大記録を歴史に刻むことになる

夢の始まり ― オリンピックに魅せられて

小学生のとき1998年の長野オリンピックをテレビで見て、自分もスターになりたいと強く思ったという。

2000年撮影(当時16歳)
2000年撮影(当時16歳)

竹内智香の生まれ故郷は北海道。両親は温泉宿「湧駒荘(ゆこまんそう)」を営んでいる。

18歳で初めてオリンピックの舞台に立ったが、結果は22位。世界の壁を思い知った彼女は、強くなるための道を模索し始める。

「日本人はこの種目で世界に通用するものではないっていう固定観念があったので、本当にそうなのか、それを確認したいという気持ちでスイスに行きました」

23歳のとき、当時オリンピックのスノーボードでメダルをつかんだ日本人はまだいない中、彼女は単身でスイスチームに加わる。

「お願いしてお願いして、もう最終的には向こうが折れて、じゃあ夏の2か月だけおいでよっていうところからスタートしました」

言葉の壁を乗り越えて

スイスには、ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語と4つの公用語があるが、そのうちドイツ語が訳6割を占める。竹内が見せてくれたのは、ボロボロになったドイツ語の教材だ。

コーチとドイツ語で話す竹内
コーチとドイツ語で話す竹内

ある時はトイレに行きたいときの表現がわからず「私のトイレのかばんがもうパンパンなんだよ」と、周囲を笑わせたこともあったという。

今ではコーチともドイツ語で戦略を練り、ボードの開発にも携わる。

挫折と栄光 ― 輝かしいメダル

2010年バンクーバー、3度目のオリンピックでは決勝に進出するもコースアウトで13位という結果に。

レース後、竹内は「悔しいという言葉以外何もないですし、可能であればまた4年待ってもらいたいです」と悔しさを露わにした。

そして迎えた2014年、30歳で臨んだ4度目の夢舞台であるソチオリンピック。

竹内は日本女子スノーボード史上初のメダルとなる、銀メダルを獲得し栄光をつかみ取った。

大けがからの復活

喜びもつかの間、ソチオリンピックの2年後、思わぬ試練が彼女を襲う。ドイツで行われたワールドカップで激しく転倒し、左膝の前十字靭帯断裂という選手生命を脅かす大けがを負ったのだ。

術後のベッドで前向きな表情で取材に応じる竹内
術後のベッドで前向きな表情で取材に応じる竹内

「怪我したことによってめっちゃ真面目にやるようになったトレーニング。意外と楽しい。立てるようになるとこから走れるようになり、ジャンプができるようになり。赤ちゃんってこんな気分だったんだみたいな」

半年後、ニュージーランドで雪上トレーニングを再開した竹内は「もう完治、膝は」と大けががまるで嘘だったかのように斜面を駆け下りていた。

オリンピックとの複雑な関係

竹内に「スノーボードをやめたいと思ったことはないですか」と聞くと、「え…しょっちゅう」と笑顔で答えた。しかしすぐにこう続けた。

「もちろんスノーボードも好きだったけども、それ以上にやっぱりオリンピックが好き。だから今もオリンピックが好きだから頑張ろうって思うかな」

ソチオリンピックで獲得した銀メダルを眺めながら、彼女は心の内を明かした。

「これが金だったら今ここにいないのにな。なんで銀なんだよって思う、ほんとに」

ミラノは私にとっての卒業論文

6度のオリンピック出場を経て、ミラノ・コルティナ五輪での引退を表明した竹内。アスリートとしての集大成を前に、その胸中を語った。

「やめると決めてから、なんかね、自転車とか乗ってても見える景色がなんか違う。同じ道なのに。やっぱり目標設定が変わると、見える景色が変わるんだろうなと思うと、ちゃんと見とかなきゃなって思う」

 

42歳のレジェンドは、オリンピックをこう例える。

「人生、その時々においてのテストをする場所ですかね。ほんとに100点満点以上、1万点取るくらいの準備をして、どんな結果でも受け入れますという気持ちで迎えたテストで、それで銀メダルに終わって。
平昌オリンピックは、ほんとにソチでできなかったことをもう1回4年かけて補修授業いっぱい受けて、追試を受けるような気分で受けて。最後のオリンピック、次は卒業論文というような、この競技の世界から卒業する。もうその最後の総仕上げに入ってるような気がします」

「アスリートとして何かを伝えたいっていうのは、それって自然と誰かに伝わるもの。積み重ねてきたものが滑りを通じて何か1人でも多くの人の心に響くものがあれば、それが一番大切だと思ってます」

スノーボード・竹内智香 ドキュメンタリー 
【スターアスリート】スノーボード 竹内智香 ~最後の挑戦、42歳で挑む7度目のオリンピック~
FOD配信/CS放送 

スターアスリート
スターアスリート

なぜスポーツはいつの時代も人々の心を動かし続けるのか。それはアスリートが人生のすべてを懸けて高みを目指し、人知れず自己と戦い続ける毎日があるから。抱える苦悩、対峙する重圧、ささやかな喜び、意外なルーティーンなど、試合映像だけでは絶対に伝わらない素顔の魅力を全力でお届けします。知れば知るほどアスリートを好きになる。みなさんの「スポーツ応援ライフ」をより上質なものにしたい!そんな<スポーツドキュメンタリー>です。FOD配信/CS放送。