長野県軽井沢町で大学生など15人が死亡したスキーバス事故から1月15日で10年です。事故現場近くの慰霊碑には遺族や関係者が訪れ、犠牲者を追悼し、再発防止への誓いを新たにしていました。
現場近くの慰霊碑に手を合わせる田原義則さん(60)。大学2年生だった次男・寛さん(当時19)を失った事故から、1月15日で10年です。
次男・寛さんを亡くす・田原義則さん:
「とうとう10年が来たかと。悲しさ、悔しさ、残念さ、今もついこの間のように思い出す」
2016年1月15日未明、軽井沢町の国道でスキーツアーバスが道路脇に転落した事故。
乗客の大学生13人と運転手を含む乗員2人が死亡、26人が重軽傷を負いました。
事故直前、バスは蛇行を繰り返しながら時速96キロで走行していて、運転手がバスを制御できない状態になり事故が起きたとされています。
事故発生時刻の午前1時52分ごろ。真っ暗な現場に訪れたのは、当時、バスに乗っていてけがをした男子大学生の母親2人です。
犠牲者の中に息子の友人がいることなどもあり、毎年、節目の日に慰霊碑を訪れています。
息子が事故で大けが:
「10年前と同じように胸が締め付けられる思いでした。事故の風化をさせないという役割をずっと話しています」
息子が事故で大けが:
「親としても絶対忘れちゃいけないと10年目も今までと変わらない気持ちで来ました。少しずつでもちゃんと前に進んでいるよ、安心してと。どうか安らかにというのを考えて祈っていました」
午後3時ごろ、慰霊碑を訪れたのは、軽井沢高校の生徒たちです。2025年、遺族の講演を聞き、事故の風化を防ぐことの大切さを胸に刻みました。
軽井沢高校・森香奈子さん:
「二度とこんな事故が起こらないようにと献花した」
軽井沢高校・萩原輝さん:
「若い世代に伝えていって事故が風化しないよう活動したい」
続いて、遺族も慰霊碑に花を供えました。
息子・陸人さん(当時19)を亡くす・大谷慶彦さん:
「この10年は特別な10年。悲しみと怒りと…今は思っている。(陸人さんには)弟も結婚するんだよと、披露宴に陸人の席も用意しようかなと話しているよと」
娘・衣里さん(当時19)を亡くす・池田彰さん:
「つらい10年でしたけど、私の気持ちの中ではその当時までの衣里がずっと生きているので衣里の友達もお子さんが生まれたりしてうれしいことなんですけど、悲しさも…」
次男・寛さんを亡くす・田原義則さん:
「10年前のことは忘れませんし、(教訓を)これからも語り継いでいくことに使命感を持って、改めてこの場で決意した。この慰霊碑をシンボルとして、少しでも事故を10年たちますけど、思い出してもらえるようにしてもらえればいい」
事故から10年を迎え、多くの人が献花に訪れ追悼の祈りに包まれた現場。一方で、事故の裁判は今も続いています。
事故の後、運転手が大型バスの運転に不慣れだったことや、点呼や運行指示が徹底されていなかったことなど運行会社のずさんな管理体制が判明。
運行会社の高橋美作社長と荒井強元運行管理者を業務上過失致死傷の罪で在宅起訴され、一審で実刑判決を言い渡されましたが、ともに判決を不服として控訴しています。
高橋社長は、事故の後、毎年欠かさず、節目の日に現場を訪れ、手を合わせてきました。
しかし、10年迎えた15日は、姿を見せませんでした。