「ぴったし カン・カン」や「ザ・ベストテン」そして「ニュースステーション」…音楽番組の司会やニュースキャスターとして活躍したフリーアナウンサーの久米宏さんが肺がんのため亡くなった。81歳だった。追悼のコメントが相次いでいる。
黒柳徹子さん「本当の親友だった」
久米宏さん:(2004年9月 当時60歳)
僕が一番「ニュースステーション」をやるときに気をつけたのは、「久米さんは毎日楽にやってるな、随分」気楽にやってると、言ってみれば鼻歌交じりで。そういう風にやってるように見られるためにはどうすればいいのかに一生懸命苦労したっていう…バカな話ですけどね。
歯切れとテンポ良く、ウィットに富んだ発言の数々。
その話術で、テレビ番組の新たな“司会者像”と“ニュースキャスター像”を作り上げた久米宏さん。
肺がんで2026年元日に81年の生涯を閉じたという一報に、ゆかりの人々から追悼の声があがっている。
(黒柳徹子さんのInstagramより)
久米さん!私には親友という人が、いるようで、いなかった。あなたは、その中で「ザ・ベストテン」以来本当の親友だった。政治のことも、日常のことも、打ち合わせなしにピッタリ合った。
日本の歌謡史に残る歌番組「ザ・ベストテン」で、1978年から85年まで久米さんと名コンビを組んでいた黒柳徹子さん(92)。
SNSで、黒柳さんに見せていた久米さんの“素顔”を明かしながら、別れを惜しんだ。

(黒柳徹子さんのInstagramより)
久米さん、本当に悲しいです。あなたとのナマ放送の厳しい、やり取り懐かしいです。
本当は涙もろく優しい人だった、久米さん、「さよなら」は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう。
「私の涙が見えますか?」
本当に友達でいてくれてありがとう。
クールに見える久米さんへ
「ザ・ベストテン」の司会で人気沸騰していたさなかにTBSを退社し、フリーアナウンサーの道を選んだ久米さん。フジテレビの番組でも軽妙な実況を披露していた。
久米宏さん:(1980年放送「世紀のウルトラ記録 チャレンジ・ザ・ギネス」 当時35歳)
まずは13mをクリアしました。実はこの13mというクリアされた数字ですが、実は自動的に日本新記録ということになります。
そんな久米さんにとって、そして日本のテレビ報道にとっても大きなターニングポイントとなったのが、1985年10月にテレビ朝日系列で放送を開始した「ニュースステーション」。
“四角四面のテレビを面白くする”という番組の触れ込み通り、時にはセーター姿でニュースを読み上げることもあった久米さん。
その衣装選びは、妻の麗子さんが担っていました。
久米宏さん:(1987年12月 ベストドレッサー賞 受賞時 当時43歳)
テレビ出ているときには(衣装に)気をかなり使っているんですけど、普段家にいるときは穴の開いた靴下なんか履いてますからね。テレビの場合っていうのは、何を喋るのかも大切ですけど、映像の情報量も非常に問題なので。どういう服で出るかは3カ月ぐらい議論しましたかね。
巨人優勝で坊主頭に
番組では“夜桜中継”や“金曜チェック”などの斬新な企画も数々展開。
それまでのニュースキャスター像を打ち破った久米さんがなかでも語り草となっているのが、1989年の丸刈り姿。
リポーター:
ちょっと(帽子を)取った姿を見せて頂きますか?
久米宏さん:(当時45歳)
割と似合っちゃうんですよね。これは気持ちいいです。一回触らしてあげます。
リポーター:
うわあ、すごくほわほわと…。
プロ野球で巨人がセ・リーグ制覇を果たした1989年。広島ファンだった久米さんはこの年、「もし、巨人が優勝したら坊主になる」という公約を掲げていて、それを実行した。
安藤さん、デーブさん…街からも追悼の声が
そんな型破りな久米さんの司会やキャスターぶりを日々見てきた、街の人々からは…。
(Q .久米宏さんが亡くなったそうなんですか?)
60代:
あらー。オシャレな感じの方だった。
60代:
時には辛辣なこともズバッと言ってくださってて、なるほどなと思うことも、共感するところも多かった。
50代:
色々インパクトがあった。頭の回転の速い人。“テレビ”の象徴的な方だった。
報道番組で共演歴のある安藤優子さんは…。
安藤優子さん(67):
久米さんが教えてくださったことは数限りなくあります。テレビの画面の中で、言葉以上に何かを伝えるにはどうするべきか。常に伝えることに真摯に、全力で向かい合われていました。心よりご冥福をお祈りいたします。
デーブ・スペクターさん(71):
久米宏さんが寂しいことにニュースステーションの最終駅に着かれました。天国で大好きだったテレビを見守ってください。
ドラマ「ガリレオ」出演も
18年半にわたりメインキャスターを務めたニュースステーションの最終回。
カメラに向かって、ビールを飲み干した姿も人々の心に強く残っている。

久米宏さん:(2003年 当時59歳)
(ニュースステーション降板について)僕の場合は志半ばではなかったと、十二分にやったとは、そういうこと。
“ニュースキャスターとして十二分にやりきった”。
そう話す一方で、番組降板から14年後、フジテレビのトーク番組に出演した際にはニュースステーションの後番組を見ている時の心境について、こう打ち明けていた。
久米宏さん:(2018年 当時73歳)
番組が終わる15分前になると時計見ちゃう。ちゃんと(時間通りに)終われるかなと心配になりますよね。
久米さんのテレビへの思い、そして好奇心はこんな形でも…。
2007年にはフジテレビのドラマ「ガリレオ」で、主人公の元恩師役として出演した。

久米宏さん:(2007年 当時63歳)
好奇心は120%満足しました。楽しい、とても楽しい思いしましたね。
司会者、そしてニュースキャスターとして時代を切り開いてきた久米さん。その最期もらしいものだったと、妻の麗子さんが明かした。
(妻・麗子さんのコメント)
「大好きなサイダーを一気に飲んだ後旅立ちました。まるでニュースステーションの最終回でビールを飲み干したあの時のように。自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います」
久米さんの葬儀はすでに近親者で執り行われたという。
(「イット!」 1月13日放送より)
