福島県の「会津の三十三観音めぐり」が日本遺産として継続認定されるかどうかの岐路に立たされている。文化庁が2025年12月に発表した日本遺産の総括評価・継続審査の結果、「条件付き認定継続」との判定を受けたのだ。
6年後の審査で”脱落”の可能性も
文化庁は2025年12月、日本遺産の継続審査結果を公表した。この審査で、2016年に日本遺産に認定された「会津の三十三観音めぐり~巡礼を通して観た往時の会津の文化~」については、条件付きの認定継続となった。6年後の2031年度に予定される次回審査の結果次第では、日本遺産から外れる可能性もある厳しい状況だ。

日本遺産は2015年から始まった文化庁の取り組みで、地域の歴史的魅力や特色を物語るストーリーとして認定するもの。従来の「点」として個別に保存されてきた文化財を「面」として活用・発信することを目指している。ブランド力強化のため、現在104ある認定件数を全国で「100件程度」に維持される方針だ。
三十三観音の起源と地域の誇り
「会津の三十三観音めぐり~巡礼を通して観た往時の会津の文化~」は、会津若松市や喜多方市など会津地域の17市町村で申請し、2016年に日本遺産に認定された。会津地方は東北地方で最も早く仏教文化が花開いた地域として知られる。

「会津の三十三観音めぐり」の起源は1643年、保科正之公の入封以降と伝えられている。
当時、領民の間で伊勢参りや西国三十三観音巡りが盛んで、多額の費用が領外へ流出することを案じた正之公が高僧らと相談し、会津にも三十三所を定めたとされる。特に農村部の女性たちが、農作業が一段落する7月頃に白装束に笠をかぶり、講仲間とともに「御詠歌」を唱えながら巡礼。このストーリーや文化が「日本遺産」となった。
黄信号の理由と今後の課題
文化庁の審査では、観光客入込数や旅行商品の開発などの基準はクリアしたものの、いくつかの課題が指摘された。
まず、企画運営の中心が行政主体となっていることから、民間事業者や各寺院の意見を反映し、17市町村の連携を深めることが求められている。さらに、構成文化財の多くが地域住民の人的・金銭的負担で維持管理されている点も指摘され、持続可能な財源確保の仕組み構築も必要とされた。

会津坂下町にある金塔山恵隆寺の藤田恵盛住職は「現状として、以前ほどは参拝のお客さんが増えているような感じではないので、もう少し連携をしていかなければならない。関係する方たちも会津の三十三観音の日本遺産を広げていこうという協力が必要」と語る。
同寺の本尊・千手観音像は「立木観音」として親しまれ、国の重要文化財に指定されているが、こうした貴重な文化財を後世に伝えていくためにも、行政と民間の連携強化が急務となっている。
文化遺産の未来へ向けて
次回審査までの6年間で、文化庁による書面審査や現地調査が行われる。この期間中に条件をクリアできなければ、現在「日本遺産候補」となっている他地域との”入れ替え”もあり得る。

会津地方に残る数多くの寺院や仏像は、往時の人々の信仰を今に伝える貴重な文化遺産だ。これらを単なる観光資源としてだけでなく、地域のアイデンティティとして次世代に継承していくためにも、持続可能な維持管理体制の構築と、地域住民を巻き込んだ活性化策が求められている。
(福島テレビ)
