日本の公害の原点といわれる水俣病。今年5月1日で公式確認から70年となります。水俣病を巡って長年議論されてきたのが不知火海沿岸住民への『健康調査』です。国と被害者団体、それぞれの意見を整理して課題を考えます。
【石原宏高環境大臣会見】「健康調査の実施に向けた準備の一環として調査の流れ等、実施可能性を確認する『フィージビリティ調査』を10月から開始した」
去年11月、石原宏高環境大臣は水俣病の原因物質であるメチル水銀による健康への影響を調べるための『試験的な調査』に着手したと発表しました。しかし、被害者団体は…。
【水俣病被害者・支援者連絡会 山下善寛代表】
「石原環境大臣に対して要求書を出しました」
国が進める検査手法に疑問を投げかけ、調査の中止を求めています。意見が食い違う「国」と「被害者団体」。そもそも『健康調査』とはどういったものなのでしょうか。
水俣病はチッソ水俣工場の排水に含まれていたメチル水銀に汚染された魚介類を多く食べたことによる中毒症です。これまでに熊本・鹿児島両県でのべ2284人が公健法に基づいた患者として認定され、今なお、補償や救済を求めて多くの人が裁判などを続けています。
『健康調査』をめぐる議論のポイントは2009年に成立した『水俣病特別措置法』にあります。その第37条で『政府は住民の健康調査を積極的かつ速やかに行う』と定められています。
これに基づき、被害者団体などはこれまで早期の健康調査実施を求めてきましたが、国は「検査手法を開発中」として先送りにしてきました。そして去年、特措法成立から16年以上経って、ようやく、具体的に動き出したのです。
水俣市にある国保水俣市立総合医療センター。ここにある脳磁計とMRIが国が実施する『健康調査』で使われます。
【国立水俣病総合研究センター 中村政明臨床部長】
「脳磁計の検査をすることで現在ではなく過去にメチル水銀によって起こった『感覚野の異常の痕跡』を捕まえることができそうなことが分かり、慢性期のメチル水銀中毒の診断に使えるのではないかと考えている。そういった、過去に起きた(メチル水銀の)暴露について現在あまり症状が強くない人でも(脳磁計で)異常を捉えることができるということで非常に有用な検査ではないかと思う」
脳磁計は脳から発生するわずかな磁気を計測し、脳の活動をリアルタイムに把握できる機械です。手首の神経に弱い電気刺激を与えることで起きる感覚野の磁場を調べ、感覚障害があるかないか、客観的な評価を行うといいます。
また、MRIでは脳梗塞など他の病状がないか調べるとともに、『小脳』の萎縮の程度などを計測します。環境省はこの脳磁計とMRIを使って、今年度は天草市と上天草市の住民40人を対象にした『試験的な調査』を行い、来年度からの本格実施に向けて課題を洗い出すとしています。
検査は一泊二日のスケジュールで行われ、初日は熊本大学病院で問診と感覚や運動機能などの診察を対面で行い、2日目は水俣市の総合医療センターで脳磁計とMRIによる検査が行われます。しかし、この計画は水俣病に苦しむ当事者たちからは納得を得られていません。
【水俣病被害者・支援者連絡会 山下善寛代表】
「(国が行う)先行調査は我々が要求している『患者の被害拡大』を調査できない、それでは分からないのではないか。したがって、公健法(に基づく認定審査)でもやられている簡単な調査、脳磁計とかMRIを使わないような調査を申し入れている」
『水俣病被害者・支援者連絡会』代表の山下善寛さんです。国が進める『健康調査』は「一泊二日で行うため被験者の負担が大きい」として見直しを求めています。また、〈被害の広がりを調べる〉という目的を果たすためには脳磁計のような時間がかかる検査ではなく、より幅広い地域で多くの人を対象に行える、「針や筆を使った『神経学的診察』を実施してほしい」と主張します。
山下さんたちが求めるこうした調査はこれまでも熊本県や水俣市が実施したり、民間団体が行ったりしてきた経緯があります。
【水俣病被害者・支援者連絡会 山下善寛代表】
(Q例えばイメージとしては町の公民館とかでやるような?)「そう。実際、(昭和40年~50年代に)熊本県と水俣市がやったのも地区別で公民館とか施設でやっている。その積み重ねが、例えば5万人とか4万人ぐらい(の調査結果)になっている」
いったいどれほどの人がメチル水銀による健康被害に苦しめられているのか…。70年経ってもなお明らかになっていない『被害の実態』をしっかり調べてほしいと求めています。
【水俣病被害者・支援者連絡会 山下善寛代表】
「70年近くになっても、被害の実態が分からないということが問題だと思う。どれだけメチル水銀の影響が出ているか調べる(のが目的な)わけですよ。だから調査をするならば、軽症患者やボーダーラインの人たちをどうする判断するかというのが、健康調査の目的だと私は思う」
また、被害者団体だけでなく公害問題などを調査研究する『日本環境会議』も、「国が進める手法では症状が重い認定患者でも2割の人が見落とされる」と指摘。「被害の全容を明らかにできない」として調査の中止を求める声明を出しています。一方、50年以上水俣病問題に携わってきた熊本学園大学の花田昌宣名誉教授も健康調査を巡る国の進め方については批判的な立場です。
【熊本学園大学 花田昌宣名誉教授インタ】
「国が来て(いきなり)『やります。検査を受けなさい』(と言われたって)行かない。ましてや行ったところで結果を聞かせてもらえないのであれば…」
花田名誉教授は被害者団体や学識経験者など幅広い人の意見を取り入れるための仕組みをつくって共に議論していくべきだと指摘します。
【熊本学園大学 花田昌宣名誉教授インタ】
「『3者構成』と言うが、専門家と被害者たちと行政機関とで『調査委員会』みたいなものを立ち上げて、議論して実行に移していく。それによって、地元の協力を得られる。いろんな声の人たちがいる、どんなことが要望されているのか、(市民が)声を出して言ってくれるのならば(行政は)ありがたいと思って対話していかないといけない」
水俣病を巡る『健康調査』はどうあるべきか。互いの意見を理解し合い、歩み寄ることはできるのでしょうか。今、改めて『対話の姿勢』が求められています。