東京・歌舞伎町で23年にわたって若者の支援活動を続けてきた公益社団法人「日本駆け込み寺」が11月11日、大阪・ミナミに「大阪ミナミ駆け込み寺」として相談拠点をオープンした。
居場所のない若者が集まるミナミのグリコ看板の下、通称「グリ下」から徒歩5分ほどのホテルの1階にあり、「若者が気軽に立ち寄れる場所」を目指すという。
一方で、「日本駆け込み寺」をめぐっては、2025年5月、元事務局長が覚せい剤所持で逮捕され、団体存続の危機に直面する事態となっていた。
なぜ、この苦境で新たな挑戦に踏み切ったのか。
代表理事の玄秀盛さん(69)と共同代表の清水葵さん(26)に話を聞いた。
■「日本駆け込み寺」とは
「日本駆け込み寺」は「たった一人のあなたを救う」を理念に、2002年から活動するボランティア団体。
相談支援や街の清掃、若者向けの無料食堂を開催している。
駆け込み寺の特徴はどんな相談にも乗ることで、金銭トラブルや家庭内暴力(DV)、ストーカーなど、23年間で5万人以上の相談に対応してきた。
近年は歌舞伎町の東宝ビル横、通称「トー横」に集まる少年少女や、悪質ホスト問題などの被害者支援にも関わっている。
■「金儲け」から「人助け」へ
「日本駆け込み寺」を設立した玄さんは生まれも育ちも大阪の西成。
西成のあいりんセンターで日雇い労働者を建設現場に送り込む「手配師」などをした後に42歳で上京。
不動産、金融、建設、探偵調査、宗教法人まで、手広く事業を展開。
金を稼ぐことばかり考えていたという。
しかし、2000年、人生で初めて献血を受けたときに「HTLV-1」という病気だと知らされたことで大きな変化が訪れた。
「HIV」と見間違え、初めて”死”を意識したときに人生観が変わったそうだ。
【日本駆け込み寺・玄秀盛代表理事】「私の人生は復讐しかなかった、金儲けが復讐だったと気づいたんです。そこで金儲けは一切やめました。金儲けという目標がなくなったわけですから」
※HTLV-1:ヒトT細胞白血病ウイルス1型。感染しても約95%の人は無症状で過ごすとされている。
■5万人以上の相談支援で培った“信用”が一気に崩れた
こうして、玄さんは「日本一の犯罪都市で女性や子供が食い物にされる場所」として、歌舞伎町で活動することを決意。
当時、歌舞伎町に同様の団体はなかったが、玄さんはこれまでの経験を活かして無料相談・支援を行った。
【日本駆け込み寺・玄秀盛代表理事】「お金を貰ったら、相手はお客さんになってしまい本当のことが言えなくなる。お金を貰って人助けをするのは詐欺師です」
のべ5万人以上と向き合い行政とも連携を取っていた中で、信じられない事態が起きた。
2025年5月、元事務局長がコカインの所持容疑で逮捕。逮捕時は相談者の女性と一緒だったという状況に、団体の信用は地に落ちた。
行政との連携も打ち切られ、補助金の返還も命じられた。
■「ここをなくしたくない」一心で代表に
元事務局長の逮捕1カ月前に代表に就任したのが清水葵さん(26)だ。
京都出身の清水さんは、大学時代にボランティア活動に取り組み、卒業後は保育園の運営会社に就職。2年ほど働き、2023年に「日本駆け込み寺」に転職した。
それまで、歌舞伎町のような「夜の世界」のことは何も知らなかったそうだ。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「同世代が体売ってというのは衝撃でした。大学の時は、周りにホストに行ってる子とかも聞かなかったですから」
それでも、特定の分野だけでなく「どんな悩みでも相談を聞く」という方針に魅力を感じ、広報や相談対応を担当していた。
転職して1年が経ったころ、家庭の都合などで正規の職員がほとんど辞めてしまったことがきっかけで代表に就任することを決意する。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「この先、誰が後を継ぐんだろう。『ここをなくしたくない』という思いが強くありました」
■クレーム対応に寄付ストップ…そんな中でなぜミナミに進出?
元事務局長の逮捕後はクレーム対応に追われる毎日だったという。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「事務所に直接ヤジを言いに来る方もいましたが、一番多かったのは電話です。『コンプライアンスはどうなってるんだ』『税金を何に使ってるんだ、薬に使ってたのか』といったお叱りの言葉をたくさんいただきました」
さらに、寄付を募っていた大手のクラウドファンディングサイトからも掲載不可とされ、現在は団体のホームページで寄付を呼び掛けている。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「事務所の家賃と管理費だけでも毎月40万円が必要です。多くの方からご支援をいただきましたが、まだまだカツカツなのが正直なところです」
そんな厳しい状況の中で、あえてミナミへの進出を決断したのはなぜなのだろうか。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「苦境の中でも何か新しい一歩を見せることで、私たちの熱意が伝わる人には伝わると思ったからです。
私自身が関西の人間ということもありますが、大阪の人は人情味があって『困ってる人がいたら助けるのが当たり前やろ』という精神の人が多いと感じています。
この西の拠点から熱い火を燃やして、その熱が東の拠点にも伝わっていく。そんな良い熱伝導を狙っています」
玄さんも「地元のミナミの力になりたい」と、活動拠点をミナミに移した。「バリバリ働けるのは2、3年」とゴールを決めて精力的に活動する意気込みだ。
■歌舞伎町とミナミの違いは?
清水さんは歌舞伎町とミナミでは「地域の繋がり」に差があると感じたと話す。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「大阪は人付き合いがフランクで、商店街の方から『どこの団体さんですか?』と気軽に声をかけていただけます。横の繋がりが強いんです。一方、歌舞伎町は良くも悪くも個々が独立していて、『自分たちが売れればいい』という考え方が強く、横の繋がりを持とうとしない印象です」
「売り掛け」が問題になっているホストについても違いがあるという。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「東京では売掛金の相談は減りましたが、それに代わる“前入金”という手口が出てきています。これは、例えば『来月のタワーで使うから』と言って、先にお金を預けさせる方法です。結局は時期が違うだけで、やっていることは売掛金と変わりません」
東京で活動しづらくなったホストたちが、規制のまだ緩いミナミなどに進出していて、西日本からの相談が増えているということだ。
■「居場所を排除するだけでは解決にならない」と清水さん
歌舞伎町の「トー横」のように、ミナミには「グリ下」という若者が集まるスポットがある。
行政はこの場所を問題視していて、2025年3月、グリ下に塀を設置した。しかし、こうした物理的な対策では「意味がない」と清水さんは指摘します。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「居場所を排除するだけでは何の解決にもなりません。新宿でもトー横広場がフェンスで覆われましたが、子どもたちは近くの店の敷地に移動しただけです。
むしろ居場所がなくなったことで、悪い大人たちが声をかけやすくなり、犯罪に巻き込まれるリスクを高めてしまった面もあります。そうした子たちが安心して来られる場所として、ここが機能してくれたらいいなと思います」
■地域に根差した団体を目指して
大阪ミナミ駆け込み寺の今後の目標は、ボランティアが定期的に来てくれる体制を整え、認知度を上げていくこと。
相談対応だけでなく、日中のゴミ拾いなども行っている。
【日本駆け込み寺・清水葵共同代表】「関西には大学も多いので、社会課題に興味がある学生たちを巻き込んでいきたいですね。地域に根差した団体となるための体制作りが、今の最優先課題です。将来的には行政とも連携し、ミナミの風俗やホストの問題に本格的に取り組んでいきたいと考えています」
■大阪ミナミ駆け込み寺
直接の相談は月曜~土曜・12~20時 事前予約制
080-7602-1818
大阪市中央区難波「ホテルアートイン難波」