アナウンサーから法曹界へ
「日本のレイプ犯罪の8割は親族や教育者など、顔見知りによる犯行です。逆らえない状況の中、暴行も脅迫も受けずに被害に遭っているケースが多いのです。しかし、日本の今の刑法では、顔見知りによる犯行の場合、暴行や脅迫が伴わないことが多いため、被害者を救うことが難しいという問題もあるのです。」
この記事の画像(7枚)弁護士の菊間千乃氏はこう語る。菊間氏は元フジテレビアナウンサーで私の先輩だ。アナウンサーとして12年活動した後、一念発起して司法試験に挑戦。35歳にして新しい世界に飛び込んだ。
企業法務や紛争解決を得意として活躍しているが、今、性犯罪に関する刑法の再改正を求める活動にも積極的に参加している。
私が「子どもを守ろう」という企画を番組連動で展開しているとお伝えすると、二つ返事でインタビューを受けてくれた。
まさに今年が「再検討」のチャンス
3年前、性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正されたニュースを覚えている方は多いだろう。「強姦罪」が「強制性交等罪」となるなど、被害者や支援者団体の粘り強い訴えで、明治時代から変わらなかった日本の性犯罪に関する刑法が、ようやく実態に近づく一歩となった。
だが「積み残された課題」があったことをご存じだろうか。それが冒頭紹介したような、影響力のある顔見知りからの暴行・脅迫を伴わない性被害の問題などだ。先の改正では「必要があれば3年後に検討する」という附則が付けられた。
「前回の改正時、意見が真っ二つに割れている事案がいくつかあったようです。」
再検討の年が今年である。まさに今法務省で検討会が開かれ議論されているのだ。
上下関係を利用した性暴力
菊間弁護士:
「前回の改正では親などによる性犯罪を別枠で新設(監護者性交等罪)できたことがとても大きかったんです。親子間の性犯罪は多く、子供と生活を共にし、監護していることに乗じた性暴力を特別に切り出した条文が作られました。まずはそこをしっかり処罰するということです。」
新しくできた条文で、同意の有無を問わず18歳未満の子供に対する親などの性暴力を罪に問えるようになった。
菊間氏はこれについては評価しつつも、「ただ・・・」と表情を硬くしてこう続ける。
菊間弁護士:
「ただ、この“監護者”とは“子どもと生活を共にしている”と言える者のみが該当するため、例えば教職員やスポーツのコーチ、ベビーシッターなどは含まれません。こういった立場の者による性犯罪については、現行法では罪に問うことが難しいという問題があるのです。」
なぜ救えないのだろうか。
“従属関係”の性暴力は「犯罪」にならない!?
菊間弁護士:
「監護者にはあたらないため、教職員やスポーツのコーチ等による性犯罪には、刑法177条等を適用することになりますが、そこには、『暴行脅迫要件』というものがあります。しかも、抵抗することが著しく困難な程の暴行・脅迫でなければ要件を満たさないので、ハードルが高いのです。そして、裁判の中では暴行・脅迫がない場合、またはあった場合でも『抵抗しなかった』ということで『性行為に同意があった』という判断に繋がっていきます。」
子供や未成年者が教師やコーチなどの知人や影響力のある者から性被害に遭う時、暴行や脅迫を伴わないことも多い。なぜなら、幼いために、または従属関係にあるために、逆らうことすら思いつかない、あるいは逆らえない心理状態に置かれているからだ。
菊間弁護士:
「性犯罪で求められる『暴行・脅迫』はとてもハードルが高くて、被害者が本当に必死になって抵抗したんだということが証明できない限り、抵抗したということにならない。それで無罪になっているケースがたくさんあるんです。」
性犯罪に求められるハードルが、とりわけ高いとはどういうことか。
菊間弁護士:
「例えば公務執行妨害という罪がありますよね。公務執行妨害も公務員に『暴行』をしたということが構成要件になるのですが、私が島田さんの腕をこう押す、このくらいの力でも『暴行』だと言われる。」
そう言って、菊間氏は、少し圧を感じる程度に私の二の腕を押した。
菊間弁護士:
「でも性犯罪の場合は、本当に被害者が必死になって、抵抗しても抵抗できない程の暴行でないと“暴行”とは認められない。ハードルが段違いなんです。」
なぜ、性犯罪にだけそこまで高いハードルが課せられているのだろうか。
菊間弁護士:
「謎ですよね。最初に法律家を目指して性犯罪の裁判例を読んだ時に、なんで性犯罪だけこんなに立証ハードルが高いんだろうと、ものすごく疑問に感じました。『ちゃんと実態に即して認定をしている』と言う刑法学者や裁判官もいますが、でも、そうだとしたら、被害者たちからこんなにおかしいという声が上がるのでしょうか。
裁判所や、暴行・脅迫要件が必要だと言っている人たちは、机上の空論で“そのくらいは抵抗できるでしょ”と考えているのではないかと思います。身近な知り合いから性被害を受けるというだけでもショックで身体が動かなくなるということはあるでしょう。
ましてや『殺されるかもしれない』という恐怖の中で、抵抗しない方が命が助かると思う場面もあるわけで、それなのに『抵抗しなかった、同意したんですね』とされてしまう。こう言われることが、被害者にとっては二重三重の苦しみなのだということへの理解があまりに無さすぎると思います。」
ひときわ声に力を込めて菊間氏は語る。
「抵抗しない」イコール「同意」ではない
それにしても「抵抗しない=同意した」とは、日本語の理解としてもかなり乱暴だと思うのだが、なぜそんなことが裁判ではまかり通るのか。
菊間弁護士:
「裁判例を見ていると、例えば女性が下着を脱がされそうになったとか、こういう体勢にされましたとか具体的に証言されていくが、『でもそれは抵抗すれば下着を押さえることができたのではないか』、『だったら“抵抗しなかった”という事になりますね』などという風に認定されているものがあるんです。」
暴行や脅迫を伴わない性被害、または、抵抗が足りないという理由で「同意した」とされる性被害。
これでは被害者は救われない。菊間氏は「暴行脅迫要件」は廃止すべきだと訴えている。
菊間弁護士:
「だからこそ、暴行・脅迫要件をなくして、同意がない性行為は性犯罪ということにしましょうと訴えています。」
つまり、性行為は自発的であるべきで、そうでなければ「犯罪」とするべき、という事だ。
さらに、菊間氏は続ける。
菊間弁護士:
「あなたと性行為をすることに同意しますということは、拒否することもできるという関係性の下での同意です。同意したらどのようなことが行われるのかを理解した上での同意。ということは、例えば教師と生徒とか、もっと小さな子供の場合などは自分が何をされるかも、性行為の意味も分からない。『君を良い子にするためだから』など洗脳のように言って、上の立場の者が自分の意のままに性犯罪をしているのが実態なので、これもまったく同意とは言えません。」
世界に目を向ければ、暴行脅迫要件はなく、同意なき性行為はすべて違法だとしている国も多いと菊間氏は言う。
「13歳」は性交の判断能力が備わっているのか?
また、日本の現行の法律では13歳になったその日から「性交に同意する判断能力がある」とされている。この「性交同意年齢」も現在の13歳から引き上げるべきかどうか検討会で議論されている。確かに13歳という年齢の少年少女が果たして性行為の意味を本当に分かっているのかどうか、多くの人が首をひねるのではないだろうか。少なくとも私は大いに疑問だ。
菊間氏によると、アメリカ・カリフォルニア州では18歳。フランス、スウェーデンなどは15歳。性教育をしっかりやっているフィンランドでさえ16歳なのだそうだ。
中学3年生の時から5年にわたって教師から性暴力を受けていた石田郁子さんという女性の取材をしたことがある。
20年以上経って、あれは性犯罪だったと気づいた時にはすでに時効の壁が立ちはだかり、加害教師を罪に問うことができなかった。強制性交等罪は10年、強制わいせつ罪は7年だ。彼女は今でもPTSDに苦しんでいる。この公訴時効も検討されているのだろうか。
菊間弁護士:
「前回も議題に上がっていたし、今回も議論されています。裁判は証拠が全てなので数十年前で証拠も少ない、しかも密室性の高い性犯罪を有罪にできるかどうかは分かりません。でも、被害者の立場に立った時、何十年か経っていたとしてもその被害を訴えることができる、手段が残されているということが大切なのだと思います。」
そして、こんな例を挙げてくれた。
ドイツでは性犯罪においては、被害者が30歳未満であった場合は、30歳になるまでは時効停止。行為の種類によっては、そこから公訴時効が20年とされているという。それというのも、ドイツで児童の性的虐待のコールセンターを開設したら相談してきた人の平均年齢が46歳だったというのだ。性被害とはそれほど長い間、人に言えない、思い出せない、それが犯罪だとわからないものなのだとドイツの司法は気付かされたのだろう。
確実に、空気は変わっている
では日本の司法は、現状をどうとらえているのだろうか。
菊間弁護士:
「問題意識はあると思います。全国的にフラワーデモが起こったのはやはり裁判所としては見過ごしてはいないと思います。特徴的なのは、今法務省で始まっている刑法改正に向けての検討会のメンバーに性被害者の方が入っていることです。今回初めて、被害者の方が入ったということは、被害者の声をきちんと法改正に反映させようという意識の表れなのではないかと思います。」
期待をにじませながら菊間氏は続ける。
菊間弁護士:
「弁護士の勉強を始めたころ、『おかしいな』とは思っていました。でもずっと変わらないから今後も変わらないんだろうなって、どこかで思っていました。しかし3年前、110年ぶりに変わった時にとても驚いたんです。そして、『自分たちが声を上げることによって変えていけるんだな』と思いました。本来、法律ってそういうもので、自分たちがその中で生活していく上で、おかしいと思ったら声を上げて変えていくべきなんです。」
菊間氏によると、現在法務省の検討会で議論されている「積み残した」課題は、今後は法制審議会にかけられ、早ければ来年の通常国会に提出されるのではないかとのことだ。
これを読んでくれている皆さんもこの刑法改正の動きを注視していただければと思う。
なぜ、同意なき性行為で被害者が泣き寝入りをしなくてはならないのか。
なぜ、被害者がその後も深い苦しみの中にいるのに、加害者は罪に問われることなく社会生活を続けられるのか。
そんな社会は、やはりおかしいと私も思う。
被害者が泣き寝入りしない社会を
菊間弁護士は、おかしいと思ったら声をあげることが大切だと言った。一人一人の声は必ずどこかに繋がるはずだと。
抵抗もできない状況にいた被害者たちが救われる社会であってほしい。常識的な想像力で人々に寄り添う法律・司法であってほしい。
私には今まだ幼い息子たちがいる。4歳と5歳の彼らがこれから先、きちんと法律に守られていると感じながら暮らしていけるような日本であってほしいと、ひとりの親として心から思う。
【執筆:フジテレビ アナウンサー 島田彩夏】
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