うまいものの裏に金太夫あり-。福岡の飲食店を陰で支える博多の文字職人。その仕事ぶりを取材した。

『博多筆師』錦山亭金太夫

創業昭和55年、博多発祥の鍋焼きラーメンの店『めんちゃんこ亭』や上川端商店街の昭和45年創業の『川端どさんこ』、そして魚が安くて美味い店『磯貝』など福岡を代表する人気飲食店の店先でひときわ目立つ肉厚の筆文字。

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『博多筆師』と名乗る錦山亭金太夫さん(66)が手がけた作品だ。

肉太でコロコロしていて温かみがあり、目に入った瞬間、全部すらっと読める。崩れすぎず特徴があり、文字が遊んでいる。なんとも不思議な文字だ。

金太夫さんのアトリエは、福岡市博多区の集合住宅の一室にある。使い込んだ机の周りには、絵の具などの画材や手がけている作品が所狭しと散乱し、大きな湯飲みを利用した筆立てには、さまざまな20本以上の筆が立てられている。

文字は「中学生の頃から遊びながら書いていた」と金太夫さんは話す。

1959年、博多区の酒店の次男として生まれた金太夫さん。幼い頃から文字が大好きで、特に相撲や歌舞伎の看板に書かれた個性のある筆文字に魅力を感じ、中学生の頃から独学で勉強をするようになったという。

「若い頃から声をかけてもらって」と話す金太夫さんの師匠は、福岡が誇るグラフィックデザイナーの西島伊三雄さんだ。西島さんは、インスタントラーメン『うまかっちゃん』のパッケージなどを手がけている。

「先生は、山笠やどんたくなどでいろんな字を書いています。文字も独特です」と話す金太夫さん。いまでも尊敬の念を抱き続けている西島さんからアドバイスを受けながら腕を磨いた。

1981年、22歳の時に独立。『博多筆師』と名乗り活動を始めた。

洋菓子店に和菓子風の筆文字

「肉太で縁起がいい」「力強く、明るく、親しみやすい」などユニークな字体が評判を呼び、チラシやポスターなどの注文が少しずつ舞い込むようになったという。

仕事が急激に増えるきっかけとなったのが1990年。博多区の老舗洋菓子店『チョコレートショップ』からの注文だった。

『チョコレートショップ』社長の佐野隆さんは「あの字を見た瞬間に『優しい字だな。すてきだな』と思っていた。これをうちのパッケージに使いたい」と思ったと話す。しかし―。

「バブル全盛期の頃で、洒落たものが多くあるなかで、みんなから『おかしかろうもん』と言われた。社員からもNG、業者からも『チョコレートに筆文字の漢字なんか』と。和菓子店じゃないのだから」と大反対されたという。

それでも反対意見を説き伏せ、佐野社長が考案した店のキャッチコピーを書いてもらうことに-。その文字が『博多のチョコのはじまりどころ』。洋菓子店としては珍しい、筆文字で書かれたキャッチャーコピーだったのだ。

客からは親しみやすく記憶に残ると言われ、高評価を得ることになったという。「嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しかった」と佐野社長も思い出しながら笑顔が零れる。

いまも店の入り口には金太夫さんの文字が掲げられている。

「書道ではないから下手でいいんです」

金太夫さんの文字と絵をあしらった暖簾を掲げ、人気店になった店は他にもある。博多区の居酒屋『かじしか』は、2010年に屋台として創業。その暖簾を金太夫さんに依頼した。出来上がったのは、博多三大祭りのどんたく、山笠、放会生を描いた暖簾だ。

『かじしか』の下村克彦さんは「金太夫さん独特のほんわかとした柔らかなタッチと書体。博多の三大祭りをひとつにまとめて。お客さんは暖簾の前で、みんな写真を撮っています」と大満足の様子だ。

これまで金太夫さんが手がけた飲食店の看板や暖簾は、福岡県外も含め約50店舗に広がっている。

博多筆師として文字を書き続けて44年。そのこだわりを聞いてみると「下手でいいんです。書道ではないから。かっこつけないことかな。かっこつけない方がかっこいいんです」となんとも金太夫さんらしい答えが返ってきた。

(テレビ西日本)

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