「気をつけ、礼」。その教室にいる生徒は子どもから大人までさまざま。目の前にある“普通”とは、ちょっとだけ、違う人生を送ってきた生徒たちが、いま“学ぶ理由”を取材した。
「女の子に教育はいらない…」
福岡・北九州市の小倉駅から徒歩15分の北九州市立菊陵中学校。その一角に、公立の夜間中学『ひまわり中学校』はある。

年齢や国籍に関係なく、それぞれの事情で義務教育を充分に受けられていない人たちのため、2024年4月に開校した。全校生徒は18人。授業は平日の夕方5時50分から夜9時まで行われている。

一般的な中学校と同じ科目だけでなく、日本語の授業も行われている。さまざまな事情で母国を離れ、日本の高校に進学するため中学校に通う外国籍の生徒もいるのだ。

72歳の山賀ミツヱさん。中学2年生として通学している。勉強熱心な山賀さんがこの学校に通う理由は、55年近く前のことに遡る。
「中学を卒業して、普通の方は高校に行くんですけどね、自分も行きたかったんだけど、親に『行きたい』と言うほどの成績ではなかったし、親からは『女の子は、そんなに教育はいらない』みたいなことを言われて、まあ、仕方がないのかなと思いました」と山賀さんは当時を思い出し、思わず涙ぐんだ。

「あまり幸せな環境ではなかった」と話す山賀さん。もともと内向的な性格で、友だちも殆どいなかったという。

「普通の子どものように何も心配しなくて学校に行って勉強できたというのがあんまりないんですよね。やっぱり家のことが気になるし…」。山賀さんは結局、高校には進学はしなかった。それから55年近く、家のこと、仕事、そして、子育てなどに汗を流してきた。

「実家の墓守とかもいろいろありまして、やりたい供養も済ませたし、自分のすることが全て終わったかなというので、今度は自分のことを考えたいなと思って」。
これまで、人のために尽くしてきた山賀さんの人生。70歳を超えてようやく選ぶことができた自分のやりたいことが“勉強”だったのだ。

「自分の考えって本当に小さいと思うんです。でも学校に行って、いろんなことを学んだら世の中の見方とかもちろん変わるでしょうし、自分の教養のなさというか、そういうことを感じることもあった」と山賀さんは話す。

勉強できる喜びをかみしめて…
この“学び直し”を求めてあらゆる過去を抱えた人が集まるひまわり中学校。昭和19年(1944年)生まれのクラスメイトと一緒に血圧を測定する平成19年(2007)生まれの女子生徒。18歳の中学1年生、大川さん(仮名)だ。

大川さんは、小学6年から入退院を繰り返し、形式的に中学校は卒業したものの、充分に勉強をすることができなかった。「長い闘病生活をしていて1年半入院していたんですよ。もともと学校にあんまり行けてないっていうのもあったし、入院が重なっちゃって、中学、殆ど行けない状態」と話す大川さん。高校に進まず、夢を諦めかけていた矢先、ひまわり中学校の存在を知ったという。

「将来の夢があって、それが看護師なんですよ。夢を叶えたい、もう一回、頑張ろうって」。自身がその辛さを経験したからこそ、なりたいのは小児科の看護師。この場所から再び、歩みを進めている。

大川さんは「いまは、勉強をできることがすごく嬉しくって。『分からない、分からない』で、ずっと進んできたのがいま、こう、自分で『あ!これがこうなのか』っていう自分で解いていくのがすごく楽しくって」と話す。彼女たちにしか分からない、勉強できる喜び。いま、それをかみしめているのだ。

そして、73歳を迎える山賀さんにも目標がある。
「高校に行きたいんです。小さい頃はなんかこう、トンネルの中を歩いているような気持ちでしたけど、いまは、なんかね、光があって太陽があって、なんか過ごしやすいっていうんですかね。人生で一番嬉しかったのは子どもができた時と、“いま”ですね」

ひまわり中学校の歴史はまだ始まったばかり。“学び直し”を求めていまを生きる人たちのために明日も日が暮れるのを待って授業が始まる。
(テレビ西日本)
