被爆者の高齢化が進む中、広島市がAI=人工知能を活用し、被爆体験を後世に伝える新たな装置が完成した。映像の中で語りかけるのは、県内最高齢の被爆体験証言者・切明千枝子さんたち5人。
AIは“継承のかたち”をどう変えるのか。
AIが選ぶ「被爆者の言葉」
広島市の原爆資料館地下で10月20日にお披露目されたのは「被爆証言応答装置」。
利用者が質問すると、AIがその内容を認識し、あらかじめ撮影された被爆者の映像の中から適切な回答を再生する。
「戦後、放射線の影響と思われる症状はありましたか?」
「当時は放射線の影響かどうかということは、はっきりとはわからなかった」
「核兵器のない未来のために、何ができると思いますか?」
「みんなで行動を起こさにゃいけんのでしょうね」
5人の被爆者が協力し、広島市が進めるこの事業。デジタル技術の力で「被爆者の言葉」を的確に後世へ伝える取り組みである。
事前インタビューは200通り
その1人が、県内最高齢の被爆体験証言者・切明千枝子さん(95)。
お披露目された等身大の自分をじっと見つめる。
「我ながらびっくり仰天、こんなまぁ大きな…」
そう笑いながらも、切明さんのまなざしは真剣だ。

15歳のとき、爆心地から1.9キロの場所で被爆した切明さん。2019年から被爆体験証言者として精力的に活動してきた。
切明さんの証言は2024年11月に撮影された。
「原爆が投下される様子を見ましたか?」
「いえいえ、見ていません」
「さく裂の瞬間、光は見えましたか?」
「それこそ目がくらむほどの閃光を感じました」
当時を思い出すように、一つひとつ丁寧に。看護師が立ち会い、休憩を取りながら3日間にわたり200通りの質問に答えた。
決心するまでには時間を要したが、「後世に残し、平和につなげたい」という思いが背中を押した。
「私もね、95歳ですからね。あともう幾何(いくばく)も命はないぞと思って。でもまだ話足りない。話しておきたかったことがたくさんあると思うと、焦りというか…。私がいなくなったら私しか知らない被爆の状態が一緒に消えてしまう。そしたらまた同じ戦争が起きて、原爆が使われるかもしれない」
被爆者なき時代を見据えて
20日の完成披露会で、聞き手が問いかける。
「切明さんにとっての平和とはなんですか?」
AIを通して切明さんの声が返ってきた。
「戦争さえなければ平和かというと、そうではないと思うんですよ」
スクリーンに映るその声と表情には、あの日を生き抜いた人だけが語れる重みがある。たとえAIが再生した映像であっても、平和を願う被爆者たちの体温が伝わってくるようだった。

切明さんはこう話す。
「映像として、声として、形として残されていくっていうことは本当にありがたいことだと思っております。二度とね、あの時の広島のような惨状が繰り返されてはならない」

この「被爆証言応答装置」は現在5台が製作されており、英語にも対応している。
広島市は今後、学校で試行的に体験会を開き、AIの学習を重ねながらアンケートで効果を検証する予定だ。将来的には、原爆資料館を訪れる修学旅行生の平和学習などでの活用も視野に入れている。
もうすぐそこにある“被爆者なき時代”。その現実を見据え、平和への思いをどうつないでいくのか。待ったなしの取り組みが始まっている。
(テレビ新広島)
