■心を動かさない覚悟が、チームを動かす
2025年、阪神タイガースは史上最速でのリーグ優勝を達成した。
佐藤輝明選手が2冠王に輝き、才木浩人投手(最優秀防御率)と村上頌樹投手(最多勝・最多奪三振・最高勝率)のWエースが先発タイトルを総なめにする―まさに選手たちが躍動したシーズンだった。
その快進撃を率いたのが、監督経験どころかコーチ経験もなかった藤川球児監督、45歳である。
優勝インタビューで藤川監督は「選手たちが強いわ」と語り、選手を前面に押し出した。
だが、その言葉の裏には計算された哲学があった。独占取材で明かされたのは、現代のリーダーが学ぶべき「心のマネジメント」の極意だった。

■「強い」と思った瞬間に、組織は止まる
インタビューで「いつぐらいから選手が強くなったと感じましたか?」と問われた藤川監督は、意外な答えを返した。
「本当はね、思ってないんですよ。(ただ)あの一瞬だけは認めてあげなければいけない」
監督として「選手は強い」「選手は上手い」と思ってはいけない、と藤川監督は語る。自分が使っているのだから、これからも強い保証はないからこそ―常に先を見据える姿勢が、そこにはあった。
藤川監督が最も大事にしていること。それは「心を動かさないこと」だ。
現役時代、優勝できそうなシーズンを経験しながら「もっと頑張ろう」という気持ちが高まり、最後には自分がいっぱいいっぱいになってしまった経験がある。
それは体を突き動かすことよりも、必要以上のパワーを浪費してしまう。だからこそ、選手にそうさせてはいけない。
選手の心を疲弊させてはいけない―その信念を貫くことができたと、藤川監督は振り返る。

■「本当にね、ぬれた子犬を見てるようでした」
「選手ファースト」―藤川監督が常々口にする言葉には、具体的な実践が伴っていた。
就任当初、選手のことを知り、自分のことを知ってもらう時間を大切にした。
そんな中で気づいたのが、佐藤輝明選手の心の疲れだった。注目され続けるスター選手ゆえの苦悩を、藤川監督は敏感に感じ取った。
「本当にね、ぬれた子犬を見てるようでした」
1年間戦いきって、マスコミやSNSには佐藤のエラーがどうのこうのとたくさん書かれ、心がすり減っていた。藤川監督は、佐藤という選手が「守備が下手」だというレッテルを誰かが貼ったのだと見抜いた。
佐藤が下手なのではない。レッテルが貼られてあった、と。
去年11月、秋季キャンプで掲げたテーマは「没頭」と「凡事徹底」。この言葉は佐藤選手を意識したものだった。
佐藤がノックを受け、エラーをする。キャンプに見に来たファンから「ああ、またや」という声が聞こえる。
そのとき藤川監督は「絶対に続けてみろ」と指示した。
ずっとやっていると、みんな息を飲むように見るようになる。周りの声なんて気にならなくなる。「凡事徹底」を続けることで、グラウンド上で心に揺れることがなくなるからだ。

■2冠王の裏で激減したエラー数
今年、佐藤選手の守備について藤川監督とはこう振り返る。
「今年、佐藤のエラーは少なくなっただけでなく、球際の強さが際立った。ギリギリのプレーをほとんどアウトにする」
藤川監督の狙い通り、佐藤選手は大きく成長を遂げた。(エラー数:去年23→ことし6)
好不調の波が激しかったバッティングも、シーズンを通して結果を出し続け、ホームランと打点の2冠王に輝いた。
偉業の裏には、藤川監督との深い信頼関係があった。
佐藤選手は語る。
「選手のやりやすいようにやってくれる。今年途中から外であんまりバッティングしなくなったんですけど、それも藤川監督と相談しながら、じゃあ中で打とうかと言ってくれて」
試合前の全体練習。チームは屋外でフリーバッティングを行っている中、佐藤選手の姿は室内練習場にあった。
「外で打つと打球の飛距離が気になり、知らないうちに飛ばすような打撃フォームになってしまう。中で打つと自分のバッティングフォームに集中できる。打撃フォームをしっかり考えながらできた」と、佐藤選手は振り返る。

■部下が自分を超えることを喜べるかーリーダーの器
藤川監督は、自らが現役時代の晩年に怪我や疲労に苦しんだからこそ、選手には元気な体で野球を長く続けてほしいと願っている。
チームのためではなく、まずは選手のため―
体や心に気を配り、将来を見据えたマネジメントを行った。
投手陣はけがによる大きな離脱者もなく、リーグ1位のチーム防御率を記録。セットアッパーの石井大智投手は50試合連続無失点の日本記録を樹立し、藤川監督が持つ記録を超える活躍を見せた。
藤川監督は語る。
「選手たちが誰よりも記録を残し、日本記録まで打ち立て、タイトルホルダーもたくさん生まれ、ありがたいものが最後の優勝というのが入った。優勝のためではなくて、みんなの力が発揮できれば優勝になる」
火の玉ストレートで一世を風靡した現役時代。幼き日のタイガースのピッチャー陣も、藤川球児“投手”に魅了され、野球を始めた選手が多くいる。
最優秀防御率に輝いた才木投手は語る。
「藤川監督の真っ直ぐは見ていてかっこいい。憧れというのはもちろんありました。色々、見本にさせていただいたこともあるし、結局、真っ直ぐとかで困って聞くのが藤川監督だったので。“師匠”と呼ばせてもらうのは逆に申し訳ないですけど」
だが、藤川監督の哲学は独特だ。選手たちには、常に未来を向き続けてほしいと願っている。
「感謝なんてね、現役終わってからでいい。人に感謝してたらね、成長止まります」
もうあなたから学ぶことなくなったと次にどんどん行かないといけない。指導者がそこで「俺だろ、教えたの」と止めてはダメだ。それが師匠だと、藤川監督は言い切る。
だから、及川も数字を超えてくれたし、石井も数字を超えてくれた。もう何にもない―それが師匠としては最高だと。
部下が自分を超えることを喜べるか。それがリーダーの器を測る試金石である。

■『勢い』が決める短期決戦「タイガースファンの全勢力の力を貸してほしい」
そして、チャンピオンチームとして戦うクライマックスシリーズ。昨シーズン下剋上での日本一を成し遂げたDeNAベイスターズを甲子園で迎え撃つ。
藤川監督はプロセスは関係ないと断言する。
「3つ星を取ることだけだ。勝ち星を取れるのは、最初に誰かが大きな活躍してからだと思うので、短期決戦では好調な選手を探す。その勢いに乗ったら勢いを信じるし、勢いを殺すのも自分」
勢いを持ってきてくれるのがタイガースファンだからと、藤川監督は呼びかける。
「とにかく盛り上げてください。タイガースファンの全勢力の力を貸してほしい。それで戦ったら後悔ないじゃん」
―そう思って準備していると、藤川監督は笑顔を見せた。
(関西テレビ「newsランナー」2025年10月14日放送)
