これまでおよそ30件の無罪を獲得してきた刑事弁護のスペシャリストです。
秋田弁護士が裁判の流れを大きく変えた事件がある。

それは“揺さぶられっ子症候群”、Shaken Baby Syndrome(SBS)だ。

2010年代に入り、赤ちゃんに目立ったケガがなくとも、硬膜下血腫など3つの症状、いわゆる”3徴候”が見つかれば、激しく揺さぶった虐待だと医師が診断。

その結果、親などが逮捕起訴される事件が相次いでいた。

SBS事件で冤罪が多く生まれていると訴え始めたのが秋田弁護士だ。

秋田真志弁護士
秋田真志弁護士
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■医学界「まず虐待ありきで判断をしちゃっている。それが深刻な問題を生んでいる」

【秋田真志弁護士】
「まず虐待ありきで判断をしちゃっている。それが深刻な問題を生んでいる。裁判所は警察・検察が依頼した医者の言いなりになってきている」

秋田弁護士は、SBSを検証するプロジェクトを立ち上げ、医学界に議論を呼びかけている。

そして、力を入れて取り組んだのが、2審から弁護を引き受けた山内泰子さんの事件だ。

2016年、生後2ヶ月の女児が自宅で急変し病院に運ばれ、3ヶ月後に亡くなった。

女児に目立ったケガの痕はありませんでしたが、SBSの3徴候があったとして、最後に一緒にいた祖母の山内さんがSBS=虐待を疑われ逮捕起訴される。

1審は、山内さんが「1秒間3往復」の揺さぶりを行ったと認定され、懲役5年6ヶ月の実刑判決が言い渡された。

【山内泰子さん】
「怖くて頭に思い浮かびませんよね。揺さぶるなんてこと。どういう意味でそんなことしなくちゃいけないのか、かわいい孫を」

【秋田真志弁護士】
「まさにきゃしゃなおばあちゃん。2カ月半といっても6kgくらいある。その赤ちゃん揺さぶれるはずがない。常識的に考えてありえない。一審の検察側医師(小児科医)が『座らせたままで揺さぶれるからできる』と、とんでもない議論していることからも、おかしいとすごく感じてました」

SBSの3徴候
SBSの3徴候

■揺さぶり以外の出血原因を徹底的に調査

検証プロジェクトが、揺さぶり以外の出血原因について徹底的に調査。
乳児の脳に詳しい海外の医師に相談すると聞いたことのない病名が判明する。

【ウェイニー・スクワイア医師】
「文献では、脳室出血、くも膜下出血は血栓症と関連するとされている。彼女は、静脈洞血栓症だった…」

調査の結果、脳の太い血管・静脈洞が詰まることでくも膜下出血などを引き起こすまれな病気、静脈洞血栓症の可能性が高いことが判明する。

ウェイニー・スクワイア医師
ウェイニー・スクワイア医師

■女児が死亡した事件 起訴された祖母『逆転無罪」

2019年10月、山内さんに「逆転無罪」が言い渡された。
この判決は、検察立証のあり方に釘を刺す異例の言及をしている。

【大阪高裁・村山浩昭裁判長】
「SBS理論(3徴候)を単純に適用すると、機械的、画一的な事実認定を招き、結論として事実を誤認するおそれを生じさせかねない」

【秋田真志弁護士】
「医学的な所見のみで揺さぶりだ、虐待だと決めつける判断のあり方が裁かれたということになるんだと思います」

判決で病死の具体的な可能性が認められ、検察も上告を断念した。
この判決以降、無罪が相次ぐことになり、SBS事件の起訴は激減した。

山内さんの無罪判決から6年経ちましたが、秋田弁護士は、今もSBS裁判の弁護活動に追われています。裁判で何が争われているのか。

【秋田真志弁護士】
「内因の問題、例えば、低酸素とか色んな病気によって起こる『3徴候』があるということについて、なかなか理解が得られない。

内因が原因になっている事例が、なお起訴されちゃってるなということになる。

本質的なことが変わらないというか、とにかく(硬膜下血腫の原因は)外力であるという前提が、どうしても先走ってしまっているという現実があります」

山内さんの無罪判決が確定した
山内さんの無罪判決が確定した

■ 「これだけはわかって欲しいのは、僕はやってません」SBSを疑われ起訴された男性

秋田弁護士がいま、弁護を引き受けている男性の裁判でも、出血原因が揺さぶりか、病気かが争われている。

2021年、生後4ヶ月の女児が痙攣している状態で大阪府内の病院に運ばれた。

女児に目立ったケガの痕はありませんでしたが、CT検査で硬膜下血腫などが見つかり、最後に一緒にいた母親の交際相手である男性がSBSを疑われ、逮捕された。

【SBSを疑われ起訴された男性】
「これだけはわかって欲しいのは、僕はやってません。

僕はもう隣の部屋にいて、(女児の)様子が急変してから気づいてるんで。

逮捕されたことによって報道されてしまったんで、それによって人との信頼だったりだとか仕事だとかいろんなものを失って。

したことの証明よりもしてないことの証明っていうほうが、すごい難しい」

裁判で、検察側は3徴候に加えて、脳の深い部分にある「斜台(しゃだい)」の後ろに血腫があることに着目。

その上で「揺さぶり」などの外力で、硬膜下血腫が生じたと主張する。

SBSを疑われ起訴された男性
SBSを疑われ起訴された男性

■「医者に聞いたからという理由だけで普通に逮捕するのはちょっと…」

一方、弁護側は、「斜台の血腫に見える像は、アーチファクト(CTの特性で現れる偽像)で血腫は存在しない」と反論。女児には、重度のけいれんや呼吸不全などで低酸素状態となった結果、脆くなった血管から出血したと主張している。

【秋田真志弁護士】
「軽微な薄い急性硬膜下血腫があるにすぎないっていう状況で、これが外力によって起こったというふうにみるよりは、低酸素によって起こったとみる方が、自然で合理的であろうと」

【SBSを疑われ起訴された男性】
「お医者さんに聞いたからとか、そういう理由だけで普通に逮捕するのはちょっと…。人一人の人生がやっぱりそれでめちゃくちゃになってしまう。もうちょっと慎重にやるべきじゃないかなと思います」

低酸素状態が出血の原因となるかどうかを巡る裁判では、去年11月には大阪高裁で男性に無罪、今年1月には横浜地裁で元保育士の女性に無罪判決が出ている。

しかし、裁判所は出血原因について明確な判断を避けている。

無罪判決が相次ぐ「揺さぶれっ子症候群(SBS)」事件
無罪判決が相次ぐ「揺さぶれっ子症候群(SBS)」事件

■虐待を見逃さないという「正義感」が陥る

SBS検証プロジェクトが関与した裁判では2018年以降、13人に無罪判決が出ています(うち、2件は公判中)が、全国から今も多くの相談が寄せられている。

【秋田真志弁護士】
「 とにかく虐待を見逃さないというか、まあ、それこそまた正義感なんでしょうけど、本来わからないはずのことをわかるんだと。

虐待を見逃してはいけないという思いが、やっぱり強すぎるんじゃないかなと。

人間って、一度信じたものをなかなか変えられないっていう現実があるんだなっていうのは、このSBSの事件をやってて、本当に痛感します」

秋田真志弁護士
秋田真志弁護士

■揺さぶられる“正義”

秋田弁護士の活動を通じ「揺さぶれっ子症候群(SBS)」事件を8年にわたり取材した記録がドキュメンタリー映画として公開されている。

映画『揺さぶられる正義』では、医学と司法だけではなく、それを報じるメディアのありかたも問題提起する。

監督を務めた、弁護士資格を持つ関西テレビ記者の上田大輔は「“犯人”と疑われている人をどこまで信用していいのか?“冤罪”を前提にした発言は、記者としての一線を超えていないか?記者として、弁護士として、そして一人の弱い人間として悩み続けた8年を記録した」と語る。

多くの冤罪を生んだ「揺さぶれっ子症候群(SBS)」事件を通じてそれぞれの『正義』を見つめなおす。

(関西テレビ「newsランナー」2025年10月10日放送)

映画『揺さぶられる正義』より
映画『揺さぶられる正義』より
関西テレビ
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