衆議院議員の任期満了まで約1年となり解散総選挙の時期に注目が集まる中、安倍晋三前首相のお膝元・山口県で、自民党の大物同士による派閥のメンツをも賭けたバトルが繰り広げられている。

それは、衆院山口3区の現職である二階派の河村建夫元官房長官と、参議院議員で衆院山口3区への鞍替えを狙う岸田派の林芳正元文科相の争いだ。そこに二階派と岸田派の因縁もからみ二階幹事長が言う所の「けんか」そのものの事態に発展している。

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「衆議院から出たい」林芳正の悲願

その戦場である「山口3区」は宇部市や萩市などが区域だ。1996年に小選挙区制が実施される前は、安倍前首相の地盤である下関市や長門市などと共に「旧山口1区」の一部で、その旧山口1区において自民党内でしのぎを削っていたのが、安倍氏と、林氏の父の林義郎元大蔵大臣、河村氏の3者だった。

故・安倍晋太郎元外相の墓前(長門市・2019年)
故・安倍晋太郎元外相の墓前(長門市・2019年)

しかし1つの選挙区から1人しか選ばれない小選挙区制が導入され、宇部市や萩市が3区、下関市や長門市が4区となると、同じ下関市などを地盤とする安倍氏と林氏が競合する形となってしまった。そこで、林義郎氏は比例代表に転出、3区は河村氏、4区は安倍氏という棲み分けができた。一方、小選挙区制の初選挙の前年1995年には、林義郎氏の長男である林芳正氏が参院山口選挙区で初当選したが、この時点で芳正氏には父から禅譲される衆院の選挙区はなく、参議院でしか当選の道がなくなってしまったのだ。

その後、林芳正氏は防衛大臣、農水大臣、文科大臣を歴任。2012年には自民党総裁選挙に出馬し、総理大臣の座を目指した。しかし総理大臣は歴代、衆院議員から選ばれてきており、参院議員は衆院の解散権を持つ総理になるべきではないという意見も根強く、総裁選では5位に甘んじた。こうした政治人生の中で林氏は、幾度も衆議院への鞍替えの機会を模索してきた

その林氏が今回改めて、次期衆院選での鞍替え出馬を一層強く望んでいるという。林氏は来年で還暦を迎えるため、次の選挙での鞍替えを逃すと首相の座を狙うには遅すぎるという指摘がある。加えて、山口県は人口減少が続いていて、ゆくゆくは4つある選挙区の数が3つに減ると言われており、待てば待つほど衆院へ鞍替えできる余地が低くなってしまう。そのため林氏に対しては、鞍替えを待望する支持者からのプレッシャーも高まっていて、「次の衆院選に出馬しなかったら地元から見放されてしまう」(自民党関係者)という声もある。

こうしたことから、本人は表では否定しているものの、山口県内や永田町界隈では、林氏が次の衆院選での鞍替えの本格検討に入ったとささやかれているのだ。

二階派の反撃

この動きに危機感を隠せないのが、もちろん河村氏だ。河村氏は二階派の会長代行で、麻生内閣では官房長官も務めた77歳のベテランだ。59歳の林氏より20歳近く年上になる。

河村氏にとっては、本来は4区が地盤のはずの林氏が3区から出馬しよういうのは、言わば自分の選挙区に「土足で乗り込まれる」形で、快く思わないのは当然だろう。

とはいえ、林家にとっては3区にも一定の地盤があり、安倍前首相が退陣した今、山口県からの次の首相候補として河村氏より若い林氏に期待する声も地元にある。ベテラン現職の河村氏であっても林氏と選挙で戦うとなった場合、勝てるとは言い切れない情勢なのだ。

そこで河村氏は、派閥の会長でもある二階幹事長に相談。すると二階幹事長は「議員を連れて行くから会を開け」と応じ、10月4日に河村氏の地元で「決起大会」が開かれる運びとなった。

さらに二階幹事長は、派閥の会合でも山口3区の事情について具体的に言及し、「(林氏が)土俵に立てると思っている時点でダメだ、そもそも土俵に立てないようにしないと」と強調した。そうした結果、河村氏の決起大会には、閣僚経験者から当選1回の若手まで、二階派の国会議員計20人が山口県入りして出席し、河村氏全面支援をアピールすることになった。二階派関係者は「まるで大名行列だ、これで林芳正はビビるだろう」と自信を見せた。

「売られた喧嘩は…」二階幹事長自ら牽制

迎えた10月4日、河村氏の「決起大会」は、二階派議員が壇上にずらりと並ぶ中で催された。二階氏は、林氏の鞍替えを念頭に、次のように語った。

「品の悪いことですが『売られた喧嘩』という言葉があるでしょう。我々はかけがえのない同士です。河村先生に何かがあるんじゃないかということであれば、我々も意を決して、政治行動のすべてをなげうって我々はその挑戦に受けて立ちます」

二階氏は語気を強めて「喧嘩」という言葉を使って林氏を牽制し、「全力を挙げて我々は河村先生を支える」と強調した。

さらに、二階氏最側近の林幹雄幹事長代理は、現職優先の原則に従って、次の衆院選での自民党公認候補は河村氏となる旨を説明し、林芳正氏が出馬を強行するなら“除名もあり得る”と露骨な脅しをかけた。

「小選挙区で定数1ですからね、出る人は無所属になるかほかの政党に移ってもらうかしかないんですね。そうすることはどういうことかというと反党行為になるんです。自民党に弓を引くんですね、それは罰則があります当然。ですから除名と言うことも当然あるんです

大会の最後には議員らが一列に並んで「ガンバロー」のかけ声を上げ、参加者らは議員たちの熱気に圧倒されていた。

その後、議員一行は宇部市が全国に誇る名門企業・宇部興産を視察した。同行者によると、この視察には「裏の狙い」があった。実は、林芳正氏の母方の祖父は宇部興産の創業者であり、現在の社長は林芳正氏の同級生なのだ。つまり、林芳正氏とつながりが深く地元での影響力も大きい宇部興産にプレッシャーをかけ、林氏陣営を揺さぶるのが狙いなのだ。

対する林芳正氏側は余裕の声も

二階派の大挙しての山口入りの情報は早くから林芳正氏の耳にも届いていたが、林氏が表立って反応することなかった。そして、周囲には「大ごとにすればするほどこちらを(河村氏側が)怖がっていると言っているようなものだろうに」と余裕ともとれる表情を浮かべたという。林氏が所属する岸田派のベテラン議員は次のようにその余裕の理由を語った。

「単純に戦っても負けないだろう。あそこは林王国なんだから」

山口県は今も「安倍」と「林」が双璧をなす地盤に変わりはなく、まともに勝負をしたら河村氏よりも林氏の方が強いという自負心の表れだというのだ。

そして、二階氏が山口入りという具体的な行動に出て、“決戦の火ぶたを切った”ことによって、林氏の側も「引くに引けない状況になった」(岸田派中堅)と言う。今までのように衆院鞍替えを“匂わすだけ”とはいかなくなったと指摘する声も聞かれた。

実は二階派と岸田派は、これまでにも山梨や静岡の選挙区の公認をめぐって対立してきた過去があり、去年の参院選でも広島選挙区で二階派の推した河井案里氏が現職だった岸田派の溝手顕正氏を押しのける形で当選するなど、因縁の歴史がある。

衆議院の総選挙は1年以内に必ず行われるが、この山口3区の動きが党内の一つの大きな火種となるのは間違いない。林氏は、自民党除名のリスクを背負ってでも衆院選に出る覚悟があるのか?河村氏はどう応戦するのか?今後の両陣営の動向に注目が集まる。

(フジテレビ政治部 福井慶仁 山田勇)

山田勇
山田勇

フジテレビ 報道局 政治部