4歳児から高齢者までを比較したところ、子どもの匂い検知能力はすでに成人と同程度に発達しており、加齢によって初めて低下が見られることが判明しました(※2)。

つまり、嗅覚は幼少期にピークを迎え、その後は維持され、中高年以降に衰えていくのです。

ですから幼い頃の経験は鋭い嗅覚から感じる匂いによって強く彩られており、それが懐かしい記憶や感情と結びついているのではないでしょうか。

男女差はある?

一方で性別差はどうでしょうか。一般的には女性のほうが匂いにこだわり、敏感なイメージがあります。ですから女性には香りのマーケティングが特に有効…という通説は、日用品、化粧品、ファッションあたりの業界では頻繁に耳にすることができます。

女性は匂いに対する感度も高い?(画像:イメージ)
女性は匂いに対する感度も高い?(画像:イメージ)

実際に、嗅覚に関する男女差を調べた大規模解析の結果、匂いをかぎ分ける検査で女性は平均して男性よりも成績がよく、匂いに対する感度も高い傾向があります (※3)。

ただしその差はごくわずかでした。また、いい匂いと嫌な匂いを嗅(か)がせたときの脳活動をfMRIで計測した実験では、男性に比べて女性では左の眼窩前頭前野(がんかぜんとうぜんや)の活動が高く、女性の嗅ぎ分け能力との関係性を示唆しています(※4)。

これらの研究から、「女性の鼻は男性より優れている」という通説は正しいものの、実際の差は非常に小さいということです。これからは男性向けにも、香りのマーケティングが盛んになっていくことを期待したいですね。

ヒトは匂いに気づいていなくても、その香りが行動に影響することがさまざまな研究で報告されています。たとえば、部屋にわずかな洗剤の香りをしのばせておくと、知らず知らずのうちにテーブルをこまめに拭くようになるという実験結果があります (※5、6)。

また、ほとんど感じ取れないレベルのレモンの匂いを漂わせたところ、初対面の人に対する好感度が無意識に高まり、逆に汗臭さを微かに感じさせると印象が悪化したという研究もあります(※7)。いずれも当人が匂いに気づいていない場合のみに評価の偏りが生まれたそうです。

『欲しがる脳』(扶桑社新書)

川島隆太
医学博士。東北大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、講師、所長を経て、現在は同研究所の教授を務める。脳活動のしくみを研究する「脳機能イメージング」のパイオニアであり、脳機能研究の第一人者

(※1)McGann, J. P. Poor human olfaction is a 19th-century myth. Science 356, eaam7263(2017).
(※2)Lehrner, J. P., Glück, J. & Laska, M. Odor identification, consistency of label use,olfactory threshold and their relationships to odor memory over the human lifespan.Chem Senses 24, 337–346 (1999).
(※3)Sorokowski, P. et al. Sex differences in human olfaction: A meta-analysis. Front Psychol 10, 242 (2019).
(※4)Royet, J.-P., Plailly, J., Delon-Martin, C., Kareken, D. A. & Segebarth, C. fMRI of emotional responses to odors: Influence of hedonic valence and judgment, handedness, and gender. Neuroimage 20, 713–728 (2003).
(※5)Holland, R. W., Hendriks, M. & Aarts, H. Smells like clean spirit: Nonconscious effects of scent on cognition and behavior. Psychol Sci 16, 689–693 (2005).
(※6)de Groot, J. H. B. et al. From sterile labs to rich VR: Immersive multisensory context critical for odors to induce motivated cleaning behavior. Behav Res Methods 52,1657–1670 (2020).
(※7)Li, W., Moallem, I., Paller, K. A. & Gottfried, J. A. Subliminal smells can guide social preferences. Psychol Sci 18, 1044–1049 (2007).

川島隆太
川島隆太

1959年千葉県生まれ。医学博士。東北大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、講師、所長を経て、現在は同研究所の教授を務める。脳活動のしくみを研究する「脳機能イメージング」のパイオニアであり、脳機能研究の第一人者。ニンテンドーDS用ゲームソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」シリーズを監修。『脳を鍛える! 人生は65歳からが面白い』(扶桑社)『とっさに言葉が出てこない人のための脳に効く早口ことば』(サンマーク出版)など、著書、監修書多数。認知症高齢者や健常者の認知機能を向上させるシステムの開発や、「脳を鍛える」をコンセプトとする産学連携活動に尽力している。2024年より宮城県蔵王町観光大使に就任。