宮城県加美町にある早風(はやかぜ)遺跡の発掘調査で、およそ1300年前の奈良時代にあったと見られる高い塀の跡が見つかりました。当時の役所の入り口を守る機能があったと考えられています。
加美町の早風遺跡は、奈良時代から平安時代にかけて一帯を治めていた役所跡=東山官衙(かんが)遺跡を囲むように土塁や堀の跡が見つかっています。
発掘調査は50年近く行われていますが、今回、遺跡の北の端で築地塀と呼ばれる高い塀の跡が見つかりました。
築地塀は、5メートルもの高さがあったとみられています。さらに…。
記者リポート
「私が立っている、この堀からあちらの塀の根元でさえも、およそ3メートルの高低差があるということです」
塀の周りからは深さ3メートルほどの堀の跡も見つかり、外敵の侵入に対して高い防御機能があったことがうかがえます。
築地塀は土を垂直に固めて作る「版築」という工法で作られたことも分かりました。
「版築」は古代中国から伝わった工法で、この築地塀の格式の高さがうかがわれ、この部分が入口や門など重要な場所だった可能性が高いということです。
宮城県多賀城跡調査研究所 黒田智章研究員
「古代の東北地方を考える上で、争いがあった時代でもあるので、その様子を解明する上で、非常に重要な遺跡と考えている」
発掘を進める県は、奈良時代から平安時代の地方行政の実態に迫る貴重な手がかりとして、さらに調査を進める方針です。